穂北の久六
小学生の頃から保下田の久六というヤクザの名前は映画でよく聞いて知っていた。実在の人物で歴史上では「穂北の久六」という。久六が相撲取りだったことも事実だ。力士だった頃、賭場でまわしを質草に取られて困っているところを清水の次郎長に助けられた。上州館林の江戸屋虎五郎の子分となり、名を久六と改める。久六は次郎長に恩があるにもかかわらず、清水の次郎長を援助してくれた尾張の巾下の長兵衛を久六が殺したことを知り、次郎長は乙川で久六を殺す。悪党とはいえ二束の草鞋の十手持ちだったので、凶状持ちとなった次郎長は清水を後にして旅に出る。
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