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2009年10月18日 (日)

ヨーロッパ中世の大学と学問

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   12世紀にはボローニャ、パリ、サレルノ、オックスフォードに大学ができた。13世紀になるとナポリやケンブリッジやパドヴァやローマなど、ヨーロッパ各地に大学が創設される。12世紀から、アラビア語の多くの書物がラテン語に翻訳されるようになった。バースのアデラードがユークリッドの「原論」全15巻をアラビア語からラテン訳した。ほかにドミンゴ・グンディサルポ、カリンティアのヘルマン、ヴェネツィアのジャコモ、へリンクス・アリスティップス、クレモナのゲラルドらが翻訳活動をした。翻訳されたのは最初は数学や化学、光学、医学など、主に科学や技術に関する書物であったが、やがてその思想的背景でもアリストテレスの気象学や自然学、形而上学などが、直接ギリシア語から訳されるようになった。大学とは、翻訳を通じてもたらされたこの膨大な新しい学問を研究・発展させるための機関であった。アリストテレス「自然学」の注を書いたロバート・グロステスト(1168-1253)とその弟子ロジャー・ベーコン(1219-1292)は技術と科学を結びつけた点で注目される。

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