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2009年10月12日 (月)

マニエリズムの画家たち

Photo 「凸面鏡の自画像」 ウィーン美術史美術館

    宗教改革はルネサンスの芸術家たちにも深い動揺を与えた。1520年以後、若い芸術家たちは、もはや盛期ルネサンスの確信をもたなかった。彼らは人間の姿を奇妙な新方式で示しはじめ、人体をもとに複雑なポーズにねじったり、不自然な長さにひきのばしたりした。イタリア芸術の、この混乱した相は、マニエリズモとして見下されることが多かった。が、現在ではこれを一つの重要な様式として受け入れている。

   パルミジャニーノ(1503-1540)という、パルマ生れの若い画家の「凸面鏡の自画像」(1523-1524)に、ルネサンス末期のマニエリスモの新様式のはじまりを見ることができる。理髪店で半球状の凸面鏡に映った自分の姿を見て、パルミジャニーノは自分の姿を描くことを思い立った。円い凸面鏡にうつる優美な自己の姿と、手はものすごく大きく見え、壁と天井はまがっている。この奇抜な若者の発想が好まれたのがマニエリスムの時代なのである。

   イタリア語でマニエリズモ、フランス語でマニエリスム、英語でマナリズムと呼ばれている。様式、画風を意味するイタリア語「マニエラ」に由来する言葉で、一般には独創性に欠け、既成の手法や型を踏襲しながら、器用にまとめあげるような仕方を非難する意味をもっていた。ところが、今日では、盛期ルネサンスからバロックに移行する過渡期(1525-1610年ごろ)に流行した特定の様式に対して用いられる。この様式の傾向は、極度に洗練された技巧をもち、錯綜した複雑な構成、ひずんだ遠近法などを駆使し、幻想的な細部の表現、ときには不自然なまでのプロポーションや現実離れした色彩を取り入れた点に特色をもつ。マニエリズモの最初の使用例は、イタリアの美術史家ルイージ・ランツィ(1732-1810)の著書「イタリア絵画史」(1789年)の中に見られるのであるが、型にはまった新鮮味を失った状態という否定的な意味で使用している。だがマニエリズモの新様式は一種の前衛芸術であり、世の耳目を奪うのであるが、その努力は長くは続かず、またあまりにも容易に亜流を生んで、たちまち芸術的混乱を招き、やがて、健全な、またより着実な芸術思想の到来によって消滅せしめられるのである。それがカラヴァッジオに始まるバロックであった。

ここではマニエ時代の代表的な画家の名のみ列挙しておくにとどめる。

ポントルモ(1494-1557)
ロッソ(1494-1540)
ベッカフーミ(1486?-1551)
パルミジアニーノ(1503-1540)
ブロンツィーノ(1503-1572)
ダニエーレ・ダ・ヴォルテラ(1509?-1566)
ジョルージォ・ヴァザーリ(1511-1574)
ティントレット(1518-1594)
アントワーヌ・カロン
ピエル・フランチェスコ・ディ・ヤコポ・フォスキ
マゾ・ダ・サン・フリアーノ
サントディ・トト
ジローラモ・マッキエッティ
ジュゼッペ・アルチンボルド(1521-1593)
カミルロ・ボッカチーノ
クリストファーノ・アルロリ
レリオ・オルシ
ティバルディ
パラッツィ・サッケッティ
ニッコロ・デルラバーテ
サルヴィアーティ
シュプランガー(1546-1611)
ヨハン・フォン・アーヒェン(1522-1616)
ホルツィウス(1558-1617)
スペランヘル(1546-1611)
エル・グレコ(1540-1618)

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