無料ブログはココログ

« 今日の名画 | トップページ | 今日の名画 »

2009年10月14日 (水)

春は馬車に乗って

    大正から昭和にかけて、横光利一(1898-1947)を中心とした新感覚派の活動にはみるべきものがあった。芥川龍之介が昭和2年に自殺をして、志賀直哉は全く創作をせず、奈良の高畑に住んでいた。佐藤春夫は第一線を退き、谷崎潤一郎は関西に移住し、新しい文壇との接触が絶たれていた。そのため昭和初年代には、横光利一がほとんど文壇の中心的な存在となっていたのである。

    のちに横光利一はアンドレ・ジッドの影響をうけて「純粋小説」を提唱する。「自分を見る自分」という第4人称を設定し、通俗小説の構成の複雑さと、純文学の内面的な必然性を主張している。この「春は馬車に乗って」は20代後半の妻の看護という実生活が反映されているが、そこにもすでに「自分を見る自分」という第4人称的な部分がすでにみえる。それは妻のキミの看護をする自分を客観視するという作家的態度である。

彼の此の苦痛な頂天に於てさへ、妻の健康な時に彼女から与へられた自分の嫉妬の苦しみよりも、寧ろ数段の柔かさがあると思った。してみると彼は、妻の健康の肉体よりも、此の腐った肺臓を持ち出した彼女の病体の方が、自分にとってはより幸福を与へられてゐると云ふことに気がついた。これは新鮮だ。俺はもうこの新鮮な解釈によりすがってゐるより仕方がない。

    「春は馬車に乗って」における病気の妻の看護にあって、妻の病体のほうが幸福だという気持ちは複雑ではあるが、当時としては苛酷な実体験を客観的に内面を描出するという作家的態度は新鮮に読者に写ったにちがいない。キミは1926年に23歳で結核で亡くなっている。

« 今日の名画 | トップページ | 今日の名画 »

「日本文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 今日の名画 | トップページ | 今日の名画 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31