松本清張とアラン・ドロン
ときは昭和35年の頃である。松本清張は従来あまり映画をみなかったが、数年前から書いた自分の作品「点と線」「眼の壁」「ゼロの焦点」など長編の本格推理小説が映画化され、小説もベストセラーになったことから、映画化されることを想定して書くことを意識しだしていた。そのため外国のサスペンス作品も見るようになった。
昭和35年といえば、アラン・ドロンの「太陽がいっぱい」が日本でも公開され、ニーノ・ロータの哀愁あるメロディーとともに映画もヒットした。松本清張がこの映画をロードショーで見たかどうかは資料は残っていない。「太陽がいっぱい」の原作はイギリスの女流作家パトリシア・ハイスミスの推理小説「才人トム・リプリー」である。このころ清張は読売新聞夕刊に「砂の器」を連載している。「太陽がいっぱい」と「砂の器」には少し似たところがある。ラストで「太陽がいっぱいでね。それ以外はいい気分だ」とドロンが言う。だがその時、すでに警察が見張っていまにも逮捕しようとしているところで終る。和賀英良も貧しい出ながら、成功の一歩手前にきながら、執拗な刑事今西英太郎の捜査によって、完全犯罪が見破られる。設定そのものは一見するとまるで別なものである。しかしよく考えると共通点も多い。貧しい青年が上流階級になりながら、破滅する。身代わり。経歴詐称。和賀もリプリーも美青年であること。電子音楽、超音波、ヌーボーグループなど新意匠を織り交ぜてはいるが、基本的なプロットは同一である。もちろん、ここまで巧妙であるので盗用とはいえない。だが松本清張は「太陽がいっぱい」を見てヒントを得た気がする。「砂の器」でも映画館がよく出てくる。三木謙一が伊勢の映画館で掲示された写真をみて東京行きを決意する。映画そのものでなく、映画のニュースでもなく、ロビーにあった写真だというのも、清張一流の細工が念入りであるところが面白い。清張作品から単純なパクリを見出すことは無理であろが、「太陽がいっぱい」からインスピレーションを受けた気はしている。
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