貝の中の美女
波に向かって叫んでみても
もう帰らないあの夏の日
ある日、若者が浜辺で大きな貝殻を手に入れた。あまりに大きくて珍しいので、家に持って帰って、甕の中にしまって置いた。するとその後は、若者が野良から帰って来るたびに、家の中がちゃんと片づいていて、火がおこって、湯が沸いて、食事の用意ができているのであった。
「一体どうしたというんだろう。わしの家には、わしの他に誰もいないのに、留守の間に、食事の支度ができているなんて、いかにも合点がゆかぬ。よし、ことの次第を見届けてやろう」
彼はこう思ったので、ある日いつものように野良に出かけて行くふりをして、そっと引き返した。そして外からひそかに様子をうかがっていると、やがて甕の中から1人の麗しい少女が現れて来た。
「おやっ、変なところから、少女が現れたな。あの甕の中には、いつぞやの海から拾って来たおおきな貝が入っているだけだと思っていたのに」と、なおも様子を見ていると、少女はかいがいしく煮炊を始めて、やがてすっかり食物を用意してしまった。若者はいきなり家の中に駆け込んで、驚く少女に、「あなたは一体誰です。どうしてわたしの家に来て、食事の世話をしてくれるのです」と尋ねた。
少女はにこりと笑って、「わたしは天の河の白水素女です。天帝があなたが独身で、貧しくて、そして気立てのよいのを哀れんで、わたしをやってあなたのお世話をおさせになったのです」と答えた。
若者はこれを聞くと、「それはどうもかたじけないことです。いつまでもわたしの家に留まって下さい」と言った。
少女は頭をふって、「それは駄目です。わたしはあなたのために好いお嫁さんを捜し出して、それから天の河に還るつもりでしたが、あなたがわたしのことを怪しんで、時ならぬ時に現われていらっしゃったから、わたしはもうこの家に留まることができなくなりました。ここにまだ貯えのお米が残っています。これを置いて行きますから、どうかお使い下さい。決して米には不自由をなさらぬでしょう」と言った。と思うと、風が吹き雨が降り出して、少女の姿が見えなくなった。(「捜神記」)
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