無料ブログはココログ

« 忘れられた名人・伊上凡骨 | トップページ | ウンジュとサンヒョンの復縁 »

2009年7月29日 (水)

川越は歌麿の出生地かもしれない

Utamaro3 歌麿の墓 専光寺(世田谷区)

   いま放送中の朝ドラ「つばさ」の舞台である川越は小江戸といわれ、江戸の浮世絵師・喜多川歌麿(1753-1806)の出生地としても古くから言われている。だが浮世絵師の伝記はきわめて資料が乏しく、歌麿の出生地は複数の説がある。①川越説②江戸説③大坂説④京都説⑤栃木説などあって決め手はない。どこか地方で生まれて、母とともに上京し、鳥山石燕(1712-1788)の門人となったらしい。歌麿の没年は菩提寺専光寺(東京都世田谷区)の過去帳によれば、「文化三年寅年九月二十日、行年五十三」となっている。これを基にして、宝暦3年(1753)生まれたとするのが、通説となっている。

    川越説の根拠となる資料は、明治23年刊行の「名人忌辰録」(関根只誠編)である。それによると「号を燕岱斎、名は信美、武州川越の産、本姓小川氏、文化二巳年五月三日歿す、歳五十三」とある。歌麿の没した年月日が過去帳と合わない。大坂・京都説は上方の好色本に歌麿のことが記されていたのであろうが、歌麿は幼少にて上京したので上方の風習は身につけていなかったと思われる。江戸説は、歌麿は忍岡歌麿と名乗っていたことによるものであろうか。上野はかつて忍ヶ岡(しのぶがおか)とよばれいた。「浮世絵類考」「浮世絵備考」「浮世絵百家伝」「浮世絵画人伝」などの説である。

    つまり歌麿は江戸で活躍していたので江戸の人としている人名事典は多い。だが名人忌辰録の「武州川越産、本姓小川氏」という説には捨て難いものがある。もし歌麿が本姓小川氏とあって、これを武家出身とみるとき、享保9年の川越町屋敷図面に、「小川才兵衛」の屋敷名が記されている。武家出身の小川市太郎(歌麿)は放蕩となり、遊里の巷に出入し、遊女等の姿を描く版画家となったため他姓(北川)となったとも考えられる。昔から川越では言い伝えに歌麿の出身説は根強く残されている。

« 忘れられた名人・伊上凡骨 | トップページ | ウンジュとサンヒョンの復縁 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 忘れられた名人・伊上凡骨 | トップページ | ウンジュとサンヒョンの復縁 »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31