無料ブログはココログ

« ファースト・レディはトップモデルで歌手 | トップページ | 川越は歌麿の出生地かもしれない »

2009年7月29日 (水)

忘れられた名人・伊上凡骨

   伊上凡骨(いがみぼんこつ 1857-1933)という名前を知る人は今日あまりいないだろう。明治・大正・昭和の三代にわたり木版彫刻の第一人者であった。夏目漱石「心」の自序にその名がでてくる。「装幀の事は今迄専門家ばかりに依頼していたのだが、今度はふとした動機から自分で遣って見る気になって箱、表紙、見返し、扉及び奥付の模様及び題字、朱印、検印ともに、悉く自分で考案して自分で描いた。木版の刻は伊上凡骨氏を煩はした。それから校正には岩波茂雄君の手を借りた。両君の好意を感謝する。」とある。「心」の刊行には造本、装幀、装飾すべてにわたって漱石の芸術性が発揮されているが、流石に彫刻刀を持ってすることだけは名人の凡骨にお願いしたようである。漱石といえば名取春仙、中村不拙、橋口五葉、津田晴楓などの画家が注目されることが多いが、実は漱石と彫師・凡骨こそ密接な関係にあり、もっと注目されていい芸術家であると思う。凡骨は阿波の出身で川柳仲間であった若き吉川英治に阿波の話をしたことが「鳴門秘帖」を執筆する切っ掛けであったことはよく知られている。凡骨は与謝野寛、晶子夫妻の「明星」や「白樺」などの雑誌の挿絵やカットを制作し、平福百穂、冨田渓仙、岸田劉生、速水御舟など多くの画家に敬愛された。凡骨の技術は当時神技といわれ、その技術と名人肌の奇行ぶりは有名であった。

« ファースト・レディはトップモデルで歌手 | トップページ | 川越は歌麿の出生地かもしれない »

「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ファースト・レディはトップモデルで歌手 | トップページ | 川越は歌麿の出生地かもしれない »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31