入江泰吉、古寺との出会い
大阪空襲で家を消失した入江泰吉(1905-1992)は郷里の奈良に戻った。ある日、古本屋で亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』が目に止まり、題名に惹かれて買い求めた。ページを繰るうちに、しだいに感動がたかまり、一心に読みふけった。昭和20年も暮れに近いころであった。東大寺境内を訪ね、三月堂に立ち寄った。その時、お坊さんが話している声を、聞くともなく聞いて入江はびっくりした。「アメリカ軍が賠償として、わが国の有名な古美術品を持って帰るらしい。京都や奈良を爆撃しなかったのもそのつもりらしい」というのであった。そうだとすれば、この三月堂の諸像はもとより、大和の古寺のものはおろか、諸国のすぐれた古美術、わが民族の誇る貴重な文化遺産の大半が、わが国から姿を消してしまうのではないか。「そうだ、私はカメラマンである。せめて写真に記録しよう。いや、しなくてはならない」と、その場で決意した。古寺巡礼をつづけ、奈良にとどまり、急を要する仏像などの撮影を始めるに至ったのであった。
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