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2009年7月31日 (金)

李白と阿倍仲麻呂

Img_0009 阿倍仲麻呂の記念碑 西安の興慶宮公園

   生涯酒を愛し、放浪の旅をした詩人の李白(701-770)の生地については異説が多いが、蜀の青蓮郷とするのが通説である。20歳代の半ばまで、東厳子という仙人と峨眉山と岷山の間で、道教の修行に励んだという。その後、湖北、洛陽、太原で遊侠と行動をともにしたり、山東で導士たちと隠棲したり、会稽に遊んだりしていた。天宝の初め、長安に出て、賀知章にみとめられて、その推挙によって玄宗に仕えた。当時、玄宗の信任も篤く、並ぶ者なき権勢を誇っていのは高力士という宦官であった。だが李白は、この宦官におもねらなかった。それがために、わずか3ヵ月で朝廷から追われた。天宝3年(744年)、李白44歳のことである。そのころ日本から遣唐使として唐に留学していた阿倍仲麻呂は長安に留まって、玄宗の厚遇を受け重用されていた。李白と阿倍仲麻呂が出会ったのは、おそらく天宝2年のことであろう。両人は同じ年でおそらく話もあったであろう。それからの李白は都長安を去り、梁、宋、呉、越、金陵、江東、南陽、新平、邯鄲、蘇州、幽州など各地を転々とする。仲麻呂は天宝13年(753年)日本へ帰国することになる。だが途中で暴風雨にあい安南(ベトナム)に漂着、再び長安に戻って官人となり、玄宗、粛宗、代宗の三代の皇帝に仕えて、日本に帰ることなく唐土で没した。年73歳。

   李白は噂で船が海に沈んだと聞き、仲麻呂が死んだものと思い込み、「晁卿衡を哭す」という仲麻呂を哀悼する詩を作っている。晁衡とは仲麻呂の中国名である。終生漂白の人生を送った李白は宝応元年(762年)当塗(安徽省)の李陽冰の宅にて病没する。行年62歳だった。

納豆売りの少年

Img_0008 マッチ売りの少女 茂田井武 1946

   終戦の年の寒い冬の日のことであった。挿絵画家の茂田井武は、「マッチ売りの少女」の挿絵を頼まれた。大好きなアンデルセンの童話だ。何時になく張り切って数枚描いてみたが、どうしても少女の表情が上手く描けずに悩んでいた。そんなとき、2人の娘たちの無邪気な笑い声が聞えた。「毎朝売りに来る納豆売りの少年、冬でも薄着でおんほろの服なのよ」「こないだは鼻水たらしていたわ」「たべもの売っているのきたないね、アハッハ…」それを聞いてた茂田井は娘たちを厳しく叱った。当時は、父を戦争で失い、納豆売りで母親を助ける子供たちもおおかった。そして茂田井は「まだ納豆が残っているのなら、全部買ってあげなさい」といってアルミの器を姉に渡した。姉妹たちは父のやさしい言葉を聞いて、喜んで買いに出かけた。そのとき、茂田井の脳裏にマッチ売りの少女が現われた。純真無垢なその表情は、いまも観るものの心の中に灯をともし続けている。

本日の食事

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今日の名画

Art0803112028007p2公園で愛を交す男女 ムンク

エドヴァルド・ムンク(1863-1944)。ノルウェーの画家。孤独・嫉妬・不安・病患・死などを主題とした。

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2009年7月30日 (木)

そうなれたらいいな

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    韓国ドラマ「空くらい地くらい」第87・88話。ムヨンとウナは2人とも高卒認定試験に合格しました。第66話でジス父のジョンフン(ホン・ソヨプ)とミョンジュ(ユン・ヘヨン)の結婚式で新郎ジョンフンが「そうなれたらいいな」という詩を読み上げ、新婦のミョンジュに詩を捧げるシーンがありました。とてもいい詩で心温まる詩なので紹介します。

    「そうなれたらいいな」

心が通じ合い

言わずとも 互いを思いやり

感謝し合えるような 仲になりたい

防風林のように風を防いで

いつも同じ場所に立っている木のように

君と僕もそうなれたらいいな

高い山に守られた水は深く青く澄んでいて美しい

そんな関係になれたらいいな

山と水が無理に混ざろうとせず

山は山のままで 水は水のままでいる

だから美しい風景になる

「そうなれたらいいな」

本日の食事

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今日の名画

Photo 家と木立ち セザンヌ 1890-1894

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2009年7月29日 (水)

ウンジュとサンヒョンの復縁

Img_0010 立っているのが新人のカン・ジョンファ 笑顔がよく似合う

    韓国ドラマ「空くらい地くらい」第85話、86話。ウンジュは嫌々ながら母のすすめたお見合いをした後、サンヒョンをドライブに連れ出し、海へ行く。沈む夕日をバックに抱擁する2人。あれあれ、あれほど怒っていたのにサンヒョン君どうなっちゃったの。肉食系女子ウンジュは強引にラブホテルへサンヒョン君を連れて行った。(いいんです。結婚式を挙げた2人だ)どうやら、ウンジュとサンヒョン、2人の愛は本物です。人の交わりにはおのずから相性の合う合わぬがある。それも不思議な縁によるもので他人には図り知れない。夫婦善哉、合縁機縁。サンヒョン役のイ・ジュヒョンは長身でスポーツマンですね。剣道のシーンですり足がとても上手でした。韓国でも剣道が盛んなんですね。ウンジュ役のカン・ジョンファ。笑顔がとても可愛いです。役が超わがままのお嬢様なので最初は嫌いでしたが、どんどんファンになっていきました。デビューは「宮廷女官チャングム」です。女医チョドン役でチョットだけど出演しています。イ・ヨンエやハン・ジミンら美人に囲まれても見劣りしません。

川越は歌麿の出生地かもしれない

Utamaro3 歌麿の墓 専光寺(世田谷区)

   いま放送中の朝ドラ「つばさ」の舞台である川越は小江戸といわれ、江戸の浮世絵師・喜多川歌麿(1753-1806)の出生地としても古くから言われている。だが浮世絵師の伝記はきわめて資料が乏しく、歌麿の出生地は複数の説がある。①川越説②江戸説③大坂説④京都説⑤栃木説などあって決め手はない。どこか地方で生まれて、母とともに上京し、鳥山石燕(1712-1788)の門人となったらしい。歌麿の没年は菩提寺専光寺(東京都世田谷区)の過去帳によれば、「文化三年寅年九月二十日、行年五十三」となっている。これを基にして、宝暦3年(1753)生まれたとするのが、通説となっている。

    川越説の根拠となる資料は、明治23年刊行の「名人忌辰録」(関根只誠編)である。それによると「号を燕岱斎、名は信美、武州川越の産、本姓小川氏、文化二巳年五月三日歿す、歳五十三」とある。歌麿の没した年月日が過去帳と合わない。大坂・京都説は上方の好色本に歌麿のことが記されていたのであろうが、歌麿は幼少にて上京したので上方の風習は身につけていなかったと思われる。江戸説は、歌麿は忍岡歌麿と名乗っていたことによるものであろうか。上野はかつて忍ヶ岡(しのぶがおか)とよばれいた。「浮世絵類考」「浮世絵備考」「浮世絵百家伝」「浮世絵画人伝」などの説である。

    つまり歌麿は江戸で活躍していたので江戸の人としている人名事典は多い。だが名人忌辰録の「武州川越産、本姓小川氏」という説には捨て難いものがある。もし歌麿が本姓小川氏とあって、これを武家出身とみるとき、享保9年の川越町屋敷図面に、「小川才兵衛」の屋敷名が記されている。武家出身の小川市太郎(歌麿)は放蕩となり、遊里の巷に出入し、遊女等の姿を描く版画家となったため他姓(北川)となったとも考えられる。昔から川越では言い伝えに歌麿の出身説は根強く残されている。

本日の食事

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忘れられた名人・伊上凡骨

   伊上凡骨(いがみぼんこつ 1857-1933)という名前を知る人は今日あまりいないだろう。明治・大正・昭和の三代にわたり木版彫刻の第一人者であった。夏目漱石「心」の自序にその名がでてくる。「装幀の事は今迄専門家ばかりに依頼していたのだが、今度はふとした動機から自分で遣って見る気になって箱、表紙、見返し、扉及び奥付の模様及び題字、朱印、検印ともに、悉く自分で考案して自分で描いた。木版の刻は伊上凡骨氏を煩はした。それから校正には岩波茂雄君の手を借りた。両君の好意を感謝する。」とある。「心」の刊行には造本、装幀、装飾すべてにわたって漱石の芸術性が発揮されているが、流石に彫刻刀を持ってすることだけは名人の凡骨にお願いしたようである。漱石といえば名取春仙、中村不拙、橋口五葉、津田晴楓などの画家が注目されることが多いが、実は漱石と彫師・凡骨こそ密接な関係にあり、もっと注目されていい芸術家であると思う。凡骨は阿波の出身で川柳仲間であった若き吉川英治に阿波の話をしたことが「鳴門秘帖」を執筆する切っ掛けであったことはよく知られている。凡骨は与謝野寛、晶子夫妻の「明星」や「白樺」などの雑誌の挿絵やカットを制作し、平福百穂、冨田渓仙、岸田劉生、速水御舟など多くの画家に敬愛された。凡骨の技術は当時神技といわれ、その技術と名人肌の奇行ぶりは有名であった。

2009年7月28日 (火)

イエスは十字架刑か、杭刑か

800pxandrea_mantegna_029 磔刑図 アンドレア・マンテーニャ 1457-60年 

Img_0011 2人の盗賊の中に磔けられるキリスト アントネロ・ダ・メッシーナ 1475年

   イエスが処刑されたのは一般的には十字架であったと信じられている。しかし横木を用いた十字形ではなく、スタウロスという「杭」で処刑されたという学説もかなり古くから存在する。つまりイエスは両手を頭上に伸ばした形で杭に手と足に太い釘が打ち込まれた。釘の刺さった箇所が体の重みで裂けるため、痛みは耐え難いものである。当時のユダヤはローマ支配下にあってローマ時代の一般的な方法は十字架刑ではなく杭殺刑であったというのがその根拠である。中世の絵画では、マンテーニア(1431-1506)の作品にみられるような十字架刑がほとんどである。ところがメッシーナの作品のように左右の罪人を杭刑で、イエスを十字架刑に区別しているものもある。しかし、杭と十字架を並べることはいかにも不自然である。十字架磔刑説はキリスト教がヨーロッパに普及して成立したものであろう。

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本日の食事

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2009年7月27日 (月)

チンボラソ山

Img_0010   高さだけが山の魅力の尺度ではない。南米エクアドルにチンボラソ(標高6267m)山がある。もちろん世界最高峰はエベレスト(標高8848m)だが、18世紀まではチンボラソが世界一高い山と考えられていた。アレキサンダ・フォン・フンボルト(1769-1859)とエメ・ボンプラン(1773-1858)の2人は1799年から1804年にかけて南米へ学術探検をおこなった。オリノコ川の探検を終えて、チンボラソを登った。2人は頂上から450mのところまでは行ったが、割れ目があって渡れず、そこから引きかえした。しかし、5875m地点まで登ったというのは、当時の最高記録だった。その後も長い間、登山家たちを寄せつけなかった。初登頂は1880年1月4日、スイス・アルプスのマッターホルンの初登頂者として有名なイギリスの登山家エドワード・ウィンパー(1840-1911)である。

本日の食事

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ファースト・レディはトップモデルで歌手

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   フランス大統領サルコジは26日ベルサイユ宮殿の庭園内をジョギング中に身体の不調を訴え、ペリコプターで陸軍病院へ搬送された。サルコジの趣味はジョギングで、今月訪問先のニューヨークでもセントラルパークでジョギングをしていた。サルコジはセシリアと離婚したのちモデルで歌手のカーラ・ブルーニと結婚。18日に開かれた南アフリカ元大統領マンデラの誕生日を祝うパーティーで、ブルーニは自身のヒット曲「ケルカン・マ・ディ~風のうわさ」を歌った。パーティーにはスティービー・ワンダーやシンディー・ローパーなども出席していたが、サルコジ大統領の親米ぶりに夫人の内助の功ありということか。美しいファースト・レディー、今度は献身的な介護に務めるのだろうか。

2009年7月26日 (日)

夜半の鐘声

Img_0010 寒山寺山門前の江村橋

   「水の都」とうたわれた蘇州は運河と古い石橋がその昔日の面影を伝えている。中唐の詩人・張継の七言絶句「楓橋夜泊」は我が国で、人々に最もよく知られている漢詩のひとつである。

 月落ち烏啼いて霜天に満つ

 江楓漁火愁眠に対す

 姑蘇城外の寒山寺

 夜半の鐘声客船に到る

   この詩の解釈には異説がある。第一句は、明け方の情景と思われるのに、第四句に「夜半の鐘声」とあるからである。宋の欧陽脩は「句は則ち佳なるも、其れ三更は是れ鐘を打つの時ならざるは如せん」と述べ、真夜中に寺の鐘がなるのはおかしいと言った。その後、多くの反論が出て、唐代には真夜中にも鐘が鳴るという例が挙げられた。つまり、起句で明け方の情景かと思ったが、実はまだ夜中であったということになる。こうして見るまま、聞くまま感ずるままを、そのまま表現したのがこの詩であるようだ。旅の愁いのために眠れぬ心がひしひしと読者の胸に迫ってくるのをおぼえる。

   なおこの詩について、後日再び楓橋に来て作ったという詩「重ねて楓橋に宿す」がある。おそらく後人の偽作であろうと思われる。

 白髪重ねて来る一夢の中(うち)

 青山改めず旧時の容

 烏啼き月落つ寒山寺

 枕を欹(そばだ)てて猶ほ聞く半夜の鐘

   江蘇省蘇州にある寒山寺は梁の時代の天監年間(502-519)に創建された名刹。寒山寺から徒歩5分の地にある楓橋は現在、江村橋とよばれている

本日の食事

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ロトとその娘たち

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    アブラハムの甥であるロトはソドムへ逃れた。しかし天使がソドムとゴモラの街が滅びることを伝えると、ロトは夜が明ける前に妻と二人の娘を伴ってソドムを脱出し、近隣の都ツォアル(ベラ)へと向かった。逃げる際に「後ろを振り返ってはいけない」と指示されていたが、ロトの妻は立ち止まって振り返ったので、死んでしまった。その後、ロトは山中の洞窟に移住した。ここで娘たちは父ロトを酔わせ、父によって男子を一人ずつ生んだ。長女の息子は「モアブ(父親よ)」と名づけられ、次女の息子は「ベア・アミ(私の肉親の子)」と名づけられ後にアンモンの人々の祖となった。
アルブレヒト・アルトドルファー(1480年頃ー1538)作の「ロトとその娘たち」(1537年)ウィーン美術史美術館蔵

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祖父と孫で有名人、親子で有名人

Img_0007 日活映画「七人の挑戦者」の吉行和子

   自民党か民主党か?いよいよ選挙の夏本番である。政権交代という言葉がマスコミを賑わしているが、人間というものはさかのぼって見ると、あまり変わらないように思う。麻生太郎は吉田茂、鳩山由紀夫は鳩山一郎の孫である。小泉純一郎は「いれずみの又やん」の愛称で知られた小泉又二郎の孫だ。与謝野馨は与謝野晶子の孫。石橋エータローは画家の青木繁の孫。漫画家の夏目房ノ介は夏目漱石の孫。イケメンDAIGOは竹下登の孫だ。大沢あかねは野球監督の大沢啓二の孫。安藤和津は犬養毅の孫。巨人のエース内海哲也の祖父・内海五十雄も巨人に在籍した。

   ほかにも芥川龍之介の孫の芥川貴之志(デザイナー)、森英恵の孫の森泉(モデル)、斎藤茂吉の孫の斎藤由香(エッセイスト)、黒澤明の孫の加藤隆之(俳優)、有島一郎の孫のRomi(女優)、服部良一の孫の服部隆之(作曲家)など社会に続々進出している。

   親子で有名人は多数いるが、いま放送しているNHK朝ドラ「つばさ」から二人紹介しよう。甘玉堂の女将玉木千代を演じている吉行和子は昭和初期に活躍した流行作家・吉行エイスケ(1906-1940)の長女である。つばさの恋人役・翔太を演ずる小柳友の父はむかし山田康雄が司会していた「お笑いスター誕生」で:警察官コントで10週勝抜いた小柳トムである。

   考えてみると、大正、昭和はそんなに遠いむかしのことではないというのが結論である。

2009年7月25日 (土)

お夏清十郎の墓

S_saigoku04_05 水間寺境内にある「お夏清十郎の墓」

   姫路本町の目抜き通りに店を構える米問屋の但馬屋九左衛門。その娘にお夏という16歳の春を迎える美しい娘がいる。男を選り好みしてなかなか縁談が決まらない。ある日、新しい手代が雇われた。それが清十郎である。まじめな仕事ぶりで主人の信頼を得る。ある時、仲居が清十郎の帯をくけ直していると、中から室津の遊女たちの恋文が山と出てきた。かくも女を酔わせた清十郎とはどんな男かと興味をそそられたお夏は、たちまち恋におちる。純真で一途な思いが清十郎にも通じ、二人は手に手を取って駆け落ちする。飾磨津から上方へ。だが「向ふ通るは清十郎ぢゃないか。笠がよく似た菅笠が」と唄に歌われ、船は一里ばかり沖へ出たところで港に戻り、二人はあえなく追っ手に捕らえられる。折りしも、但馬屋では700両の金が紛失。清十郎は身に覚えのない横領とかどわかしの罪をきせられ処刑される。お夏は子供たちが「清十郎殺さばお夏も殺せ」と歌うのを聞いてようやく清十郎の死を悟り、狂いさまよい、夜ごと清十郎の塚に参る。お夏は自害しきれず、尼となり、清十郎の菩提を弔うのであった。(小豆島に縁づいたという説もある)

    今日の朝日新聞夕刊によると、水間寺(大阪府貝塚市)境内の愛染堂の前に「お夏清十郎の墓」があるという。愛染明王は恋愛染着の至情を本体とする明王で、祈る者に敬愛の徳を授け縁を結び福を与えるという。この愛染明王は行基が椿の木に刻んだものといわれる。約700年前、水間の豪農楠右衛門の娘、お夏がこの愛染明王に祈願し、勅使であった山名清十郎との恋を成就させたといわれる。墓に備え付けられている花立てには田中絹代と林長二郎の名前が刻まれている。映画「お夏清十郎」(昭和11年)を記念したものであろう。

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本日の食事

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今日の名画

7000027684400if グランド・ジャット島の日曜日の午後 スーラ 1930年

    この作品は1886年6月の印象派最後の展覧会となった第8回展に出品された。このとき評論家フェリックス・フェネオンがスーラ、シニャックを中心とする分割描法を用いるグループに「新印象主義」の名を与えた。この作品は1924年にシカゴの収集家が2400ドルで買い、1926年シカゴ美術館に加えられた。

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2009年7月24日 (金)

ジャイアンツ・いけ面オールスターズ

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   かつての男の子の夢は甲子園で優勝して、巨人に入り、アイドルと結婚することだそうだ。この夢を現実のものにした選手は清原和博ひとりである。漫画の世界でさえも、星飛雄馬は甲子園では決勝戦で花形満に破れ、アイドル歌手オーロラ3人娘の橘ルミ(このネーミングにしびれる。小山ルミ、榊原るみ、まさしく昭和40年代半ばを感じさせる)とは悲恋に終る。ともかく野球選手はよくモテる。20歳で庭つきの家が買えるのだ。そのなかでも巨人の選手。だいたい女の子は巨人ファンが多い。原巨人は前半戦を首位で折り返した。快進撃の立役者は坂本勇人であることはいうまでもない。若さと長身、そしてイケメンと三拍子そろったネオGの新星を女の子が放っておくはずが無い。案の定、先日モデル里海との夜のデートをフォーカスされた。巨人の管理体制も甘い。だがかって原監督も現役時代アイドル相本久美子と噂されたことがあるのであまり偉そうなことはいえない。星飛雄馬もオズマに「俺はアメリカの野球ロボット、お前は日本の野球人形」といわれ、人間らしく生きようともがく。思えば少年時代から野球一筋。恋も知らず、遊びも知らず、青春も知らず、ただ野球道を邁進するだけの日々だった。そんなとき、異性とのデートに胸ときめかせることもあるだろう。なめらかな肌、ふさふさした髪、花のような美しいかんばせ。歓楽にふける若い二人には夏の一夜は短すぎる。うっとりする選手に星一徹なら「ちゃらちゃらとけばけばしいタレント娘なんぞにうつつをぬかしおって。異性とのデートなど野球に百害あって一利なし」と怒鳴るだろう。実際、女性との交際がスキャンダルとなって野球人生を狂わした人もいる。いけ面選手たち、どうか、若い女性には、ご用心、ご用心。では巨人軍のとびきりモテる男たちのチームを編成してみよう。

①遊 坂本勇人
②左 高田繁
③右 高橋由伸
④三 原 辰徳
⑤一 李 承燁
⑥二 二岡智宏
⑦補 山倉和博
⑧投 河原純一
⑨中 柴田勲

   ちなみにイケメン選手を女性から守るため、監督には山東昭子を起用。コーチ陣には山本モナ、里海。

本日の食事

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セザンヌ礼賛

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  1895年の画商アンブローズ・ボラールによるセザンヌ展以後、若い画家たちの間でのセザンヌの評価は急速に高まりを見せた。モーリス・ドニ(1870-1943)もその一人で、1900年に集団肖像画「セザンヌ礼賛」を描いている。画面左から、ルドン、ヴュイヤール、批評家のメルリオ、ボラール、ドニ、セリジュ、ランソン、ボナール、それに1919年に世を去ったドニの最初の夫人マルトが、セザンヌの静物画のまわりに集っている。セザンヌの絵は「果物鉢と果物皿」ニイ・カルルスベルク美術館所蔵、1879-1882年の作品である。

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2009年7月23日 (木)

ミョンジャは地球村105人の母親

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  韓国の俳優たちは慈善事業に熱心であることはよく知られている。ペ・ヨンジュンやチェ・ジウという有名スターは日本に災害があったときポンと大金を寄付していただいたニュースを耳にする。しかし中堅俳優にも慈善活動に熱心な人がいる。「空くらい地くらい」でムヨン(パク・ヘジン)の養母であるパク・ミョンジャ役のチョン・エリもその一人である。夫婦間のトラブルの実話再現ドラマ「夫婦クリニック、愛と戦争」(1999年)では、長年に渡って調整委員役を務めたりしたことから、InKBS(国際韓国養子縁組人奉仕会)に参加し、「愛の家族」という孤児救済の奉仕活動をはじめた。2004年には国際救護開発機構ワールド・ビジョン親善大使として活躍し、国内の児童5人を含み、ガーナ、モザンビーク、ウガンダ、コンゴ、エチオピア、ルワンダ、インド、ミャンマー、ベトナム、バングラデシュ、パレスチナなど地球村のあちこちに全部で105人の児童と一対一の縁を結び支援している。自伝を出版して得た印税1億ウォンを恵まれない子供たちに寄付するなど、ボランティア活動でよく知られた女優さんだそうだ。ドラマの中でナリ食堂をやりくりしながら病弱なのにムヨンに限りない愛を注ぐというミョンジャは彼女にしかできない適役である。

本日の食事

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今日の名画

Photo春の釣風景 ゴッホ シカゴ美術館
場所はパリのクリシー橋付近。1887年の作品。

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2009年7月22日 (水)

今日の名画

Photo 落穂拾い ミレー オルセー美術館 1857

秋の収穫ではなく、夏の時期の麦の落穂拾いをしている貧しい農民の姿である。ミレーはこの作品に実に7年の制作期間を費やしている。

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本日の食事

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2009年7月21日 (火)

太陽のない夏

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夏は もうすぐ そこなのに

毎日 雨の日が続く

今年の夏は きっと淋しい季節だろうか

本日の食事

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2009年7月20日 (月)

本日の食事

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2009年7月19日 (日)

青空のように

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   いよいよ夏休み。真夏の青空を望んだが、あいにくと梅雨前線が日本海から南下し、西日本は夕方から雨となった。夜はNHKBSハイビジョンで「マイケル・ジャクソン・デビュー30周年コンサート」(2001年、ニューヨーク)を見る。エリザベス・テーラー、ライザ・ミネリ、ホイットニー・ヒューストンなども出演。マイケルはまさに「キング・オブ・ポップス」だ。

    今日は土用の丑の日。むかし平賀源内が、あるウナギ屋から看板を依頼されたとき。大伴家持の歌を思い出し、土用の丑の日にウナギを食えば夏やせを防ぐことができるという意味から「今日は丑の日」という看板を書いたところ、たちまち広く言い伝えられウナギ屋は大繁昌した。そこで、江戸中のウナギ屋も、「今日は丑の日」の看板を掲げるようになったという。

本日の食事

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2009年7月18日 (土)

今後の展開が気になる朝ドラ「つばさ」

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   今日放送の連続テレビ小説「つばさ」で、真瀬(宅間孝行)はみちるに問いつめられて、つばさへの愛を白状した。偶然それをつばさに聞かれてしまう。来週から放送の「さよなら、おかん」ではつばさは、ラジオぽてとを飛び出し、旅にでるらしい。翔太との愛も破局し、真瀬の愛も受け入れ難く、現実逃避したのだろうか。このドラマは多彩な登場人物がありながら、ひとりひとりの人物の内面性があまり描かれていないような気がする。とくに感ずるのはホームドラマでありながら、男性の弱さが誇張されすぎている。玉木竹雄(中村梅雀)は臆病でいつも泣いてばかりいるし、大谷翔太(小柳友)、弟の知秋(冨浦智嗣)、鈴本スーパーの俊輔(三浦アキフミ)など気弱な感じがする。いまはやりの草食系男子かもしれないが、ドラマを平板にしているように思う。逆に女優陣は高畑淳子、手塚理美、山本未來、松本明子など元気溌剌としている。とくに手塚さんはいつもの彼女のイメージよりも気の強い女性を演じている。今の時代の家族のあり方を描いているそうだが、それが現実であるからかえって笑えないのかもしれない。これほど笑えないコメディーもめずらしい。たとえば突如画面に現われる加乃子のサンバ・チームや殺虫剤のCMなども何故か笑えない。子どもを残して家出したという現実があるからだ。竹雄が玉木家の職人になる前の過去も暗いものがある。翔太の怪我もサッカー選手としてかなり致命的なものらしいので前途は多難である。友人の万理(吉田桂子)の翔太への愛も断ち切れないものだろうが、心の傷となっているはずだ。知秋の万理への片想いもかなわぬ恋におわる公算が高い。小料理屋「こえど」の麻子(井上和香)の恋も実らなかった。登場人物それぞれが重い荷物を抱えているホームドラマは楽しくない。「つばさ」が評判が悪いのは、にぎやかで楽しい家族のようにみえながら、玉木家がいいしれぬ暗さ、いまわしい過去のようなものをひぎずりながら生きているからである。よく例にあげられるが「シェーン」という映画は、なぜいつまでも人気があるかというと、それは西部劇やアクション映画ではなく家庭劇だからだ。監督のジョージ・スチーブンスは家庭劇の得意とする監督である。アラン・ラッドとヴァン・ヘフリンの男達が力を合わせて大木の根を除去するシーン。ジーン・アーサーが夕餉の支度をするシーン。アメリカの平凡な開拓者の家庭を叙情的に描いている。男や女の強さを描いている。つばさにも韓国ドラマのジス(ハン・ヒョジュ)ほど果敢に現実問題と格闘する姿勢は見られない。ジスはこれからムヨンとの愛を獲得していく。つばさは自らの行動で愛をえるかどうか期待したい。

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本日の食事

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2009年7月17日 (金)

本日の食事

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えぇ・・・朝ドラ「つばさ」は真瀬と結ばれちゃうの?

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   NHK連続テレビ小説「つばさ」の視聴率は低迷を続けている。それでもヒロイン多部未華子ちゃんのファンは辛抱して見続けているはず。多部ちゃんは何も今さら朝ドラのヒロインにならなくてもいいクラスの女優だった。新人の女優であれば、脚本がまずくても有名になることで女優としてのスタートがきれる。多部の場合はこれまでが順調だっただけに、あの脚本、演出では可愛そうな気がする。先日、駅前の大銀行に行ったとき、昼どきでロビーでは朝ドラの再放送。だがいつもなら大勢が視聴しているのに、なんと誰もテレビを見ていない。ハイビジョンの大型テレビ。ゆったりとしたソファー。銀行内は混雑している。しかし待っている人は雑誌を読んだりして、テレビを見ようとはしない。史上最低の朝ドラと酷評され、「小江戸」川越の人も呆れる下品なドタバタ劇、脈絡のないドラマの展開、寒イボの出るギャグの数数、NKNにはドラマの内容に関して苦情が多いという。でも諦めずに毎日見ている。なんと、今日の放送で大展開があった。台風が川越に接近する中、つばさは河川敷に住む翔太の父親を心配して行くが、あべこべに川に溺れる。足の悪い翔太はつばさを助けることができない。と、その時、真瀬が突如現われ、つばさを救出し、唇を奪う。つばさの手から翔太との想い出のストラップが落ちたのは、二人の将来を暗示しているようだ。真瀬はみちるに愛を告白されていたが、つばさのことが好きなようだ。娘の優花もつばさをお母さんのように慕っている。つばさは翔太とは結ばれず、真瀬の後妻になるのだろうか。これまで朝ドラヒロインが初恋の人ではなく、年上男性と結ばれることは多い。「かりん」の細川直美と榎本孝明、「こころ」の中越典子と仲村トオル、「風のハルカ」の村川絵梨と松岡充。いずれもかなりの年長だが二枚目揃いで許せる気がする。だが今回の多部未華子と宅間孝行は不釣合いだ。これから視聴者の共感をえるようなドラマの進行になるのだろうか。不安であるが、興味が出てきた。

2009年7月16日 (木)

本日の食事

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2009年7月15日 (水)

直木三十五の速筆

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    第141回芥川賞、直木賞は磯崎憲一郎「終の住処」、北村薫「鷺と雪」がそれぞれ受賞した。現在の作家はパソコンやワープロで原稿を書く作家も多いだろうが、むかしはペンが一般的な筆記用具であった。もちろん万年筆という高級な筆記用具もあるが、貧乏な文士は「つけペン」が主流である。芥川龍之介の原稿の字の小さいのは知られているが、それよりも久保田万太郎が小さく、直木三十五はさらに細かくで細い字を書く。それに速筆である。普通の人は1日に400字詰原稿用紙10枚程度だが、直木は1日に60枚は書いた。銅色のGペンをペン軸に差し込み200字詰の原稿用紙に書く。その無理がたたって昭和9年、43歳の若さで死んだ。

本日の食事

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2009年7月14日 (火)

俺はお前に弱いんだ

Img32d14828zikbzj   BS朝日「空くらい地くらい」第63話、第64話。ムヨン(パク・ヘジン)はウナ(ホン・スア)のことをジス(ハン・ヒョジュ)に相談する。ジスは女同士のほうが話やすいだろうと、ウナをイジメた娘ソジョンの家へ一緒に会いに行く。ジスは「ウナに会うことは、あなたのためにもなる」とソジョンを説得する。(ジスの堂々とした態度はお見事!(拍手)「春のワルツ」のウニョンの時より一段と成長したみたい)結局、ソジョンはウナに謝り、ウナは今までのわだかまりが少し解ける。ムヨンはこのことをジスに報告する。だがウナとつきあう約束をしたため、ジスにはつれないそぶりをする。そのことはジスもわかっている。
「♪つれないそぶりしたけれど俺の胸は燃えている」まるで裕次郎みたいなムヨンである(えっ、そんな古い歌知らない…)。だが後半はムヨンとジスのラブラブのシーンがいっぱい見られるらしいのでお楽しみは後にとっておく。ところでハン・ヒョジュちゃん、イイ役をしていますね。可愛い顔して、結構、ズケズケ物言うし、心理を読むのは得意だし、人の揉め事もうまく処理するし、ドタバタしているだけのNHKのつばさとはだいぶん差がついたみたいだ。韓国の若い男性からもモテるんだろうね。このドラマが韓国でオンエアされた年、「この夏に海に連れて行くとしたら女優なら誰れ」というアンケートでなんと第一位のソン・ヘギョに次いで、第二位はハン・ヒョジュだったというのもナットクだ。

7月15日。第65話「すれ違いの2人」、第66話「そうなれたらいいな」ジョンフンとミョンジュの結婚式。内輪だけのとても温かい雰囲気の結婚式。ハートフル・ホームドラマにふさわしい。出演者、スタッフ、視聴者がみんな楽しんでいるのがわかります。韓国ドラマ最高にステキ!!

夏はやっばり読書だ

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  本屋で冊子「角川文庫夏の100冊」を無料でいただく。松山ケンイチの表紙。「作家12人が選んだこだわりの角川文庫」が面白い。山田悠介は本を読まない子供だったが「走れメロス」を読書感想文に書いて文学に興味をもったという。そして自分の書く作品に通じるものがあるそうだ。森見登美彦は湯川秀樹のエッセイ「旅人」をススメル。結婚して間もないころ湯川が妻と桜を見に紀三井寺の石段を上っている最中、ふと後ろの妻を振り返り、「自分はもうひとりじゃないんだ」と思う場面がお気に入り。ケペルもまだ読んだことがない。湯川秀樹の随筆を読んでみようかしら。

選挙の夏がやって来る

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  ついに麻生首相は総選挙の日程を「8月18日公示、30日投開票」と決めた。7月21日にも衆議院を解散するという。戦後の衆議院解散にはさまざまな名称が与えられている。一番知られているのが、昭和28年4月19日の「バカヤロー解散」(吉田茂)、昭和35年11月20日の「安保解散」(池田勇人)、昭和42年1月29日の「黒い霧解散」(佐藤栄作)、昭和61年7月6日の「死んだふり解散」(中曽根康弘)というおかしな名称もある。今回の解散はどんな名称になるのだろう?「バカタロー解散」「のたれ死に解散」「玉砕解散」「頓死解散」などなど。ともかく帰省シーズンのお盆直後の選挙戦。議員の先生や運動員など炎暑の中で熱中症にならないかと心配だ。全国の夏祭りや花火大会。それに高校野球。日本テレビの恒例24時間テレビ「愛は地球を救う」はどうなるんだろう(笑)今年の日本の夏は暑くなりそうだ。

本日の食事

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2009年7月13日 (月)

役名そのまんま芸名に

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    BS朝日韓国ドラマ「空くらい地くらい」第61話「命日」。今日もお話の中心はウナ(ホン・スア)ちゃん。ウナの高校時代のいじめっ子ソジョンを街で見かけ、彼女のあとをつけて家まで行った。でもそこまでで、彼女に謝罪させることはできず、かえって自分自身が精神的に落ち込む。ヒステリックになって家族の人を心配させる。ムヨン(パク・ヘジン)はウナを立直らせるには、ソジョンに事情を話すことだと考え、彼女の家へ行く。だがウナのことを聞かれても「そんな人は知らない」と冷たく追い返される。

   ウナの精神が錯乱状態の演技は迫力があった。「まさに韓国ドラマとはこれだ!」というホン・スア迫真の演技。スアは本当にこのドラマの後に精神病にかかったというのもうなづけるほど熱演だった。みんながウナちゃんの行く末を心配しているが、この後どうなるのかと、あらすじを読むと、なんと年下の恋人が現われるらしい。ソ・ジュニョン君という若い俳優。どこかで聞いた名前だ。クォン・サンウの「悲しき恋歌」の役名。つまりクォン・サンウの子供時代を演じた子役が役名をそのまま芸名にして、スターとして登場してきたのである。

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   日本でも役名を芸名にしてデビューすることはある。南條豊は山口百恵の「エデンの海」の南條先生の役でデビューしている。本名が山川豊なので「南條豊」となった。(山川豊でなくてよかった)。藤村志保は昭和37年「破戒」の役名「志保」と原作者島崎藤村から芸名を「藤村志保」としたことはあまりにも有名である。役名を芸名にした最も大物俳優は三国連太郎だろう。昭和26年に木下恵介監督「善魔」の主役でデビュー。役名の三国連太郎をそのまま芸名にしている。

本日の食事

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2009年7月12日 (日)

あじさい忌

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    石原裕次郎の命日は7月17日。主演した映画「あじさいの歌」にちなんで紫陽花忌といわれる。今年は節目の23回忌にあたる。集英社の日本文学全集「石坂洋次郎集」巻末の「作家と作品」に引用された写真には石原裕次郎と石坂洋次郎が和室で会食している。同席には芦川いづみ。映画「陽のあたる坂道」(昭和33年4月封切り)のときとある。石坂洋次郎は信次を石原裕次郎をイメージしながら書いたという。だがこのとき何故主演の北原三枝ではなく、芦川いづみがいるのだろう。芦川の役は足の悪い妹役で家庭教師役の北原三枝に比べると助演といった役どこである。石坂・石原・芦川のコンビの作品は「陽のあたる坂道」(昭和33年)以外にも「乳母車」(昭和31年)、あじさいの歌」(昭和35年)、「あいつと私」(昭和36年)がある。芦川いづみは石原より年齢は1歳下。つまり「陽のあたる坂道」の役は当時23歳で実年齢よりもだいぶん幼い女学生役を演じていたことになる。痩せていた芦川は少女の役が似合っていた。ところがケペルの記憶では確か芦川いづみの女学生は髪は長かったし、この写真の雰囲気とは異なる。「私はこんな体だけど子供ができるでしょうか」と町医者に診察してもらう場面は秀逸である。文学全集の写真の芦川の髪はショートである。この会席の写真は、おそらく「陽のあたる坂道」より数年のちの写真ではないだろうか。「あじさいの歌」の芦川(:けい子の役)も長い髪をしている。「あいつと私」の時の芦川(このときも役名は同じで「けい子」だった)はショート・ヘアーである。前年昭和35年12月封切りの「闘牛に賭ける男」を最後に北原三枝との共演作品はなく、12月2日に結婚式を挙げている。翌年1月24日、志賀高原でスキーによる骨折により長期入院している。この会席写真は退院後の「あいつと私」(昭和36年9月封切り)打ち合わせではないかと推測する。石原裕次郎27歳、芦川いづみ26歳。あるいは石原、芦川が半袖なので、昭和33年4月封切りの「陽のあたる坂道」の打ち合わせだとすると、昭和32年の夏頃、石原23歳、芦川22歳ということも考えられないことではないが。どちらにしても20歳前半の若者が大作家と気軽に対談できるというのはたいしたものである。

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2009年7月11日 (土)

モノクロ映画の回想シーン

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    映画の構成で回想形式を用いたものは、とても印象に残る。「哀愁」(マーヴィン・ルロイ監督)。第二次大戦のさなか、霧に濡れるロンドンのウォータールー橋で陸軍大佐クローニン(ロバート・テイラー)は若き日の回想に耽る。時は第一次大戦下のロンドンにさかのぼる。空襲警報の鳴り響くウォールタールー橋で、大尉のクローニンはバレリーナのマイラ(ヴィヴィアン・リー)と運命的な出会いをする。木下恵介監督の「野菊の如き君なりき」。ファースト・シーンは老人になった政夫(笠智衆)が故郷の村を訪ね、流れる小川の情景などを見て、昔の切ない思いを回想する。マイラも民子も死んでもうこの世にはいない。しかし想い出の中に若く美しい面影がいつも瞼に浮かぶ。青春の感傷はモノクロ映画の回想シーンから始まる。「哀愁」と「野菊の如き君なりき」は全然異なる映画のようでありながら、橋と川、都会と田舎、結ばれぬ二人、愛しい人の死、その構成要素は一致している。日本と外国の悲恋映画の最高傑作は冒頭に回想シーンをとることでも一致している。

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2009年7月10日 (金)

恋のライバル

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    韓国ドラマ「空くらい地くらい」のウナ(ホン・スア)が塾へも行かず、自暴自棄になっている。ドラマを盛り上げるには、「冬のソナタ」のチェリン(パク・ソルミ)を引き合いにだすまでもなく、ヒロインの恋のライバルの存在が重要なポイントである。「天国の階段」のキム・テヒは最高の悪女だったが、「秘密」のハ・ジウォン、「夏の香り」のハン・ジヘなど皆悪女からスターになっている。「春のワルツ」のイ・ソヨンは美人なので眼鏡を無理やりかけている。普通、恋のライバルは悪知恵がはたらいたり、高ピーだったり、金持ちで積極的なパターンが多いのだが、この「空くらい地くらい」のウナは、病的でひきこもりがちなので、とても手がやける。ともかくドラマをあきさせずに最後まで引っ張っていく役目を果たすだろう。ところでNHK連続テレビ小説「つばさ」の恋のライバル万理(吉田桂子)は早々と降参した。これがドラマが面白くない一つの原因と思う。強力なライバルはドラマを面白くする。NHK連続テレビ小説は韓国ドラマのような強力なライバルはあまり登場しない。最近では「ちりとてちん」の佐藤めぐみ、「ちゅらさん」の小西真奈美、「青春家族」の中村あずさ、が印象に残る。吉田桂子ちゃんもチェリンのように頑張って翔太に再度、アタックしてドラマを盛り上げてほしい。

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2009年7月 9日 (木)

同情と愛「空くらい地くらい」

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    韓国ドラマで盛り上がるのは、やっぱり三角関係だ。ヒロインに本命の男性がいて、もう一人の男性が現われる。彼女はステキな二人の男性から求愛されて、揺れ動く。ヒロインになりきりの女性視聴者にとっては至福の喜びである。ほんどの韓国ラブストリーはこのパターンの三角関係だが、稀に一人の男性を巡る二人の女性というのもある。ペ・ヨンジュン売り出し中のときの「愛の群像」がその代表だが、「天くらい地くらい」もそうだ。そうするとパク・ヘジン君は相当に韓国テレビ界が売り出しする期待の星なのだろう。「天くらい地くらい」はムヨン(パク・ヘジン)という男性とジス(ハン・ヒョジュ)とウナ(ホン・スア)の二人の女性の三角関係で展開している。ウナは自転車に乗ることも母親から禁じられて育てられるほど過保護だった。そして学校では酷いイジメにあい、そのトラウマのある可愛そうな女性である。だから塾でも友だちもいない。そんなときムヨンという年上の男性に出会う。ムヨンは高校を中退し、軍隊に行っていた。ジスという幼な馴染みがいる。ムヨンは捨て子で産みの母のことは何も知らない。ムヨンとジスは愛しあっているが、ムヨンはジスにはもっと相応しい男性がいい、と無理やりに思おうとしている。淋しいウナはムヨンをお兄ちゃんと慕って親しくなり、愛に発展しつつある。母はこれを知るとムヨンに塾を辞めるように言う。ジスはムヨンがウナに同情していると感じて、ムヨンに愛の告白をする。ムヨンは塾を辞め家出をする。そんな時、育ての母が手術をすることになり、また帰ってくる。ふただびムヨンはウナとジスとを巡って悩む。ウナのことを心配するムヨンは同情だろうか。ジスとムヨンの愛の行方やいかに。
   ところでウナを演ずるホン・スアちゃん。今日、見た回(第57話「2人の真実」)で目を赤く腫らして、ジスと対決するシーンを見るとなかなかの演技派だ。もともとモデル出身だが、大学で演劇の基本を学んでいる。(建国大学映画芸術科)シンデレラ・ガールのハン・ヒョジュよりもキャリアもあり、年齢も半年ほど年長だ。この役の熱演のあと、本当に鬱病になり、芸能活動を1年間休んだ。現在は回復し、新作では元気な姿を見せている。
   韓国ドラマは心の揺れや動きを一つ一つの会話を通して、丁寧に描いていく。話をとばさず、自然にドラマが展開していくので、感情移入しやすい。連続ドラマやホームドラマの醍醐味を充分に味わうことができる。

本日の食事

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2009年7月 8日 (水)

二世タレントの光と影

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   議員の世襲制の批判が高まっている。政治の世界は息子が多少凡庸でも地元の地盤をそのまま引き継いで当選というケースはよくある。だが生き馬の目を抜く芸能界で生き残ることは至難である。今年も二世タレントが続々とデビューしている。イマル(明石家さんま、大竹しのぶ)、yoko(矢沢永吉)、草刈麻有(草刈正雄)、穂のか(石橋貴明、鈴木保奈美)、依布サラサ(井上陽水、石川セリ)、赤井沙希(赤井英和)、長渕文音(長渕剛、志保美悦子)、三浦祐太朗(三浦友和、山口百恵)、秋元梢(千代の富士)。モデル、アーチスト、グラビアアイドル、ミュージシャンなどカタカナ職業が多いがその中で何人が両親を越えることができるか。過去にも、林成年(長谷川一夫)、月形哲之介(月形龍之介)、嵯峨美智子(山田五十鈴)、島英津夫(萬屋錦之介、淡路恵子)、鴈龍太郎(勝新太郎、中村玉緒)、長嶋一茂(長嶋茂雄)、三波豊和(三波春夫)、北野井子(ビートたけし)、神田沙也加(神田正輝、松田聖子)など実力があり、期待されながらも、十分な活躍できなかった人もいる。二世スターのプレッシャーは相当なものだろう。
    だが現代も大活躍している二世タレントも多い。歌舞伎界は当然なので省くとして、まずは大物から。加山雄三(上原謙)、北大路欣也(市川歌右衛門)、松方弘樹・目黒祐樹(近衛十四郎)、長門裕之・津川雅彦(沢村国太郎、マキノ智子)、田村正和(阪東妻三郎)、佐藤浩市(三国連太郎)、中井貴一(佐田啓二)、水谷良重(水谷八重子)、関口宏(佐野周二)、寺尾聡(宇野重吉)、緒方直人(緒方拳)、船越英一郎(船越英二)、高嶋政宏・政伸(高島忠夫)、藤山直美(藤山寛美)、宇田多ヒカル(藤圭子)、辺見えみり(西郷輝彦、辺見マリ)など。今後の活躍が期待される二世タレントには、香川照之(市川猿之助、浜木綿子)、丹羽貞仁(大川橋蔵)、松田龍平・翔太(松田優作)、平岳大(平幹二朗、佐久間良子)、小泉孝太郎(小泉純一郎)、小柳友(小柳トム)などがいる。
    このほかにも、田村高広(阪東妻三郎)、岡田茉莉子(岡田時彦)、桑野みゆき(桑野通子)、入江若葉(入江たか子)、山本豊三(山本礼三郎)、鶴田さやか(鶴田浩二)、関根麻里(関根勤)、吉本多香美(黒部進)、三船美佳(三船敏郎)、梅宮アンナ(梅宮辰夫)、泰葉(林家三平)、多岐川華子(多岐川裕美)、柴本幸(柴俊夫、真野響子)、真木蔵人(マイク真木、前田美波里)、寺島しのぶ(尾上菊五郎、富司純子)、荒木一郎(荒木道子)、東野英心(東野英治郎)、志賀勝(加賀邦男)、四方晴美(安井昌二、小田切みき)、永井秀和(永井達雄)、弓恵子(潮万太郎)、明石勤(明石潮)、神田正輝(旭輝子)、紀比呂子(三条美紀)、藤間文彦(藤間勘太夫、藤間紫)、東貴博(東八郎)、八波一起(八波むと志)、江戸屋小猫(江戸屋猫八)、柴田光太郎・田宮五郎(田宮二郎)など「蛙の子は蛙」、スターの子息は芸能界に多く見られる現象である。
    このほか、森雅之は有島武郎、芥川比呂志・也寸志は芥川龍之介、檀ふみは檀一雄、阿川佐和子は阿川弘之、高見恭子は高見順、吉行和子は吉行エイスケ、岸田今日子は岸田国士、原保美は歌人の原阿佐緒、藤真利子は藤原審爾、大鶴義丹は唐十郎、永千絵は永六輔、斎藤由香は北杜夫、樫山文枝は樫山欽四郎、石橋エータローは尺八の福田蘭堂、西村晃は発明家の西村真琴、シャンソンの石井好子は政治家の石井光次郎、中川弘子はタップの中川三郎、朝丘雪路は美人画家の伊藤深水、石黒賢はテニスの石黒修、筒井道隆はキックボクサーの風間健、坂口憲二は柔道家の坂口征二、吹石一恵は野球の吹石徳一、伊藤弘子は舞台装置家の伊藤喜朔、杉山俊夫は名カメラマン杉山公平の子である。

   なお知名度は関西圏だけかもしれないが、吉本新喜劇の花紀京は横山エンタツの次男で、お笑い界のサラブレッドである。

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2009年7月 7日 (火)

感涙「空くらい地くらい」

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    空くらい地くらい第53話「おかえり」、第54話「母の手術」。サンヒョン(イ・ジュヒョン)は家出したムヨン(パク・ヘジン)を見つけた。一緒に帰ろうというと「ほっといとくれ」と言うムヨン。サンヒョンは怒りのあまりムヨンを殴る。母が入院しているのを知ったムヨンは病院へ行く。「俺が苦しめたから病気になった」と涙を流す。「母は子供のために苦しみ悩むものだ」と話す。「あなたは私の大事な息子。だから自分自身をもっと大切にして」という母の言葉にムヨンは詫びる。サンヒョンがムヨンを探したところはソウルから100キロばかり南にある鎮川(チンチョン)という町。ドラマはスタジオがほとんどだが、ムヨンが家出した場面だけはロケ。おかげで韓国の見知らぬ町をチョットだけ見ることができる。ふたりが抱き合う場面には大きな橋があった。今日は涙、涙、涙だった。気になるのはウンジュ(カン・ジョンファ)は今もサンヒョンに未練があるようだ。少し反省したのなら許してあげてという気持ちもある。わがままだけどウンジュもかわいいところある。ウンジュの父(チョン・ドハン)がウナを元気づけようとラーメンをつくる。母(チョン・エリ)がラーメンは健康に悪いからそうめんをつくろうとする。急にチョン・ドンファンが怒鳴り出す。近頃、冷静なはずの父が意味も無く爆発するようになった。
   ところで韓国のラーメンといえば農心の「辛ラーメン」が有名だ。麺が太く、とても辛い。劇中では、何故かラメーンを「ガソリンスタンドでもらった」と言ってたが意味不明だ。調べるとGS25という24時間営業のガソリンスタンドがコンビニも兼ね、ラーメンを販売していることが判明した。

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2009年7月 6日 (月)

戦後異色人物伝

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   いまNHK「プロジェクトX」のような戦後の日本を復興させるために、使命感に燃えて奔走した男たちのドラマが人気を呼んでいる。昨夜から始まった新番組「官僚たちの夏」もその一つだ。主役の風越伸吾(佐藤浩市)は佐橋滋(1913-1993)という異色官僚がモデルだそうだ。劇中の「あけぼの自動車」のモデルが鈴木自動車工業(スズライトSL型)か富士重工(スバル360)か三菱自動車(三菱500)か諸説あるが、結局フィクションで自動車は架空である。戦後社会を発展させた原動力を人物の情熱に力点を手法は、つくり話としては面白いが、日本を世界有数の工業国に仕上げたのは、あくまで個人の力というよりも、組織の力であろう。
    評論家の扇谷正造が「戦後異色人物」という短文で、政治家、財界人、産業人を省いて、12人の異色人物をあげている。三島由紀夫、勅使河原宏、羽仁説子、植木等、小沢征爾、黒沢明、坂西志保、神吉晴夫、勅使河原蒼風、三船敏郎、池田大作、船橋聖一である。(「日本歴史シリーズ22現代」世界文化社)昭和43年のものであるが、今から見てもよく選んでいるとその慧眼に感心する。

俵万智と金賢姫

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「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

    22年前の昭和62年は俵万智の歌集「サラダ記念日」が280万部の大ベストセラーとなった年である。他に、村上春樹「ノルウェイの森」、安部譲二「塀の中の懲りない面々」などがある。映画では、伊丹十三(1997年没、享年64歳)監督の「マルサの女」、リヴァー・フェニックス(1993年没、享年23歳)主演の「スタンド・バイ・ミー」などが話題を呼んだ。芸能界ではマイケル・ジャクソン(2009年没、享年50歳)、マドンナの来日公演、郷ひろみ・ニ谷友里恵の結婚、そして戦後最大のスター・石原裕次郎が7月17日亡くなった(享年52歳)。昨日、東京の国立競技場で23回忌の法要が行われ、全国各地から11万人を超えるファンが集い、その根強い人気を証明した。そして昭和62年の最大の事件は金賢姫と大韓航空機爆破事件であろう。偶然にも俵万智と金賢姫は同年で当時24歳。現在46歳になる。金賢姫は今年の3月、田口八重子の長男、飯塚耕一郎と面会し、公の場に姿を見せた。美貌の工作員も結婚、出産と22年の女の人生を歩まれたが、その変わらぬ美しさとは別に拉致問題は依然として進展していない。こうして22年の歳月を振り返ると、人の世の無常と哀れさを知る。

本日の食事

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2009年7月 5日 (日)

本日の食事

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入江泰吉、古寺との出会い

Photo_3 興福寺の五重塔

   大阪空襲で家を消失した入江泰吉(1905-1992)は郷里の奈良に戻った。ある日、古本屋で亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』が目に止まり、題名に惹かれて買い求めた。ページを繰るうちに、しだいに感動がたかまり、一心に読みふけった。昭和20年も暮れに近いころであった。東大寺境内を訪ね、三月堂に立ち寄った。その時、お坊さんが話している声を、聞くともなく聞いて入江はびっくりした。「アメリカ軍が賠償として、わが国の有名な古美術品を持って帰るらしい。京都や奈良を爆撃しなかったのもそのつもりらしい」というのであった。そうだとすれば、この三月堂の諸像はもとより、大和の古寺のものはおろか、諸国のすぐれた古美術、わが民族の誇る貴重な文化遺産の大半が、わが国から姿を消してしまうのではないか。「そうだ、私はカメラマンである。せめて写真に記録しよう。いや、しなくてはならない」と、その場で決意した。古寺巡礼をつづけ、奈良にとどまり、急を要する仏像などの撮影を始めるに至ったのであった。

ビキニスタイルのお嬢さん

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   今日は「ビキニスタイルの日」。昭和21年、フランスのルイ・レアードが、世界で最も小さい水着として、ビキニスタイルの水着を発表した。発表の4日前にアメリカが原爆実験を行ったビキニ環礁から、「衝撃的な」「驚くほどの」という意味でその名前がとられた。だが当時はまだまだ着用する人はいなかった。1950年代のハリウッド女優たちの水着姿をみてもビキニはあまりない。アメリカでは1960年代まで一般のビーチでの着用は禁止されていた。日本でもビキニは1950年代に紹介されたが、ほとんど普及しなかった。1960年に田代みどりのカヴァー曲「ビキニスタイルのお嬢さん」がヒットすると、ビキニへの感心が高まった。1970年代になるとビキニが世界的に流行となるが、日本ではハワイからアグネス・ラムが来日し、グラビア界に登場するや爆発的な人気となった。当時アグネス・チャンも同じ渡辺プロダクションに所属していたが、ファースト・ネームが偶然にも同名のためライバル関係にあったが、アグネス・チャンはやや人気が低迷しており、水着写真を拒否していたことと、アグネス・ラムへの嫉妬とがない交ぜとなり、後年の活動、児童ポルノ追放に影響を及ぼすこととなる。それはさておき、先の国会審議などでも、宮沢りえ「サンタフェ」などにみられような芸術的な写真集でも被写体の撮影当時の年齢によっては所持禁止の対象となることが話題となった。モデルの生年月日と撮影日時を把握する必要があり、18歳以下か18歳以上か微妙なケースが多い。また全裸、半裸、ビキニ、スクール水着など露出度の問題。(たとえば戦前の原節子16歳デビュー当時の水着写真などはほとんど通常の衣服とかわらない水着だ。)この問題は女性だけでなく男性の裸像も同等に扱われるらしい。国会ではジャニーズ・ジュニアなどにみられるショーでの半裸も問題になっている。書籍でいうと、医学書や子供向けの保健体育の図鑑の写真には児童の半裸の写真はよく掲載されている。通常の感覚では児童ポルノとは思えないものであるが、改めて調べると、児童の裸の写真は一般書にも多く収録されており、単純所持に該当するのだろうか。国会審議では、提案の範囲が今ひとつあいまいな気がした。

石原裕次郎「富士山頂」

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   昨夜テレビで「富士山頂」を観る。昭和45年、石原裕次郎36歳の作品。この年、大阪万博開催、日航よど号ハイジャック事件、三島由紀夫割腹事件、「少年マガジン」では「あしたのジョー」「巨人の星」が連載中だった。まさに我が人生も始まろうという時代だったが、この映画を観たことは一度もなかった。このあと石原プロは「ある兵士の賭け」が興行的に失敗して、負債5億8千万円をかかえる。ともかく「黒部の太陽」にしても「富士山頂」にしても、五社協定と斜陽産業という問題に直面しながら、大自然と闘う男たちをスケールの大きなテーマで描こうとするスター石原裕次郎の映画への熱い思いは伝わってきた。
   気象庁測器課長・葛城章一(芦田伸介)は台風の被害を減らそうと、富士山レーダー取り付けに情熱を傾けていた。三菱電機技術部員・梅原悟郎(石原裕次郎)もまた、富士山レーダーに情熱をかけ、大成建設の伊石昇(山崎努)と、山頂の気圧や地盤を調査する。やがて2社合同の工事が開始する。零下30度、風速20メートルの苛酷な条件の中、難作業は続けられる。加田雄平(渡哲也)がレーダードームをヘリコプターに吊るして輸送し、直径9メートル、500キロの巨大なドームが完成する。富士山レーダーは長年気象観測のシンボル的存在であった。

2009年7月 4日 (土)

本日の食事

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2009年7月 3日 (金)

本日の食事

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2009年7月 2日 (木)

本日の食事

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もう気分は夏ですね

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   今日は半夏生(はんげしょう)。夏至から数えて11日目くらいの日で、この日までに農作業を終えておくという昔から農家にとっては大事な節目の日です。この時期にカラスビシャク(漢名は半夏)というドクダミ科の薬草が生えることから名付けられた。
   7月に入り、いよいよ夏本番という気分がする。夏らしいBGMを聞く。「夏の日の恋」というとムード音楽の定番で、パーシー・フェイスが有名だが、ジョニー・ソマーズのハスキー・ボイスの歌入りもイイ感じ。日本ではスリーグレーセスのデビュー曲だった。(なんと今でもジョニー・ソマーズもスリーグレーセスも元気で歌っているらしい)
「夏にキッス、冬に涙」というピアノ曲もイイ感じだ。

2009年7月 1日 (水)

本日の食事

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