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2009年6月 4日 (木)

ルカとテオピロ

   東京都中央区にある聖路加国際病院は明治35年に設立され、日野原重明医師がいることで知られ、日本で最も有名な病院の一つだろう。ところで病院名の由来となったルカについてはその人物像はあまり知られていないように思う。ルカ福音書と使徒行伝の著者ということ以外には医者であったということだけである。(コロサイ4・14)

    ルカはシリアのアンティオキアで生れた。いつ、どこでキリスト教に入信したのかは明らかでない。ルカによる福音書が書かれたのは、紀元75年ごろであろう。ルカはテオピロに宛てて福音書と使徒行伝を書いた。テオピロについてもローマ人であること以外に何も分からない。ウィリアム・バークレー(1907-1978)によると次の三点を推測している。
1.テオピロは本名ではない。当時、キリスト者になることは、危険であった。テオピロは二つのギリシャ語から成っている。「神」を意味するセオスと、「愛すること」を意味するフィレインとである。
2.ティオピロはローマ政府の高官であった。ルカはテオピロに、キリスト者は善良で立派な人々であることを教えたかったのであろう。
3.医者であるルカはテオピロのお抱え医者だった。テオピロが病気で死にかけたとき、ルカは医術でテオピロの命を救った。当時の医者は奴隷であったが、テオピロはそのお礼にルカを自由にしてやった。ルカは、自分がこの恩恵をどれほど感謝しているかを何かであらわしたいと思った。ルカが持っているもので一番高価なものは、イエスの物語であった。ルカはそれを書き送った。ルカが受け取った自由への返礼として、テオピロに捧げるにふさわしい、一番大切なものだったからである。(参考:バークレー「使徒行伝」ヨルダン社、1968)

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コメント

次の日曜日、教会の夕方の礼拝で
説教なのですが、参考にさせていただきます!
バークレー聖書註解、昔持ってたのになぁ。。。

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