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2009年6月30日 (火)

空くらい地くらい

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   「つばさ」は午前8時15分からだが、実はBSハイビジョンでは7時30分から見ることができる。朝の用事の都合で7時30分に見る習慣がついた。「つばさ」は、一週間ごとにメインの話が変わる。今週は大衆演劇。どうやらおばあちゃんの初恋話のようだ。そうして登場人物の挿話は毎回くりひろげられるのだが、ヒロインと翔太との恋がなかなか進まない。連続ドラマの醍醐味はヒロインが運命にもてあそばれながらも懸命に生き抜くさまにあるとおもうのだがそれがでてこない。そしてヒロインの人間的成長がみえてこない。
    一方の韓国ドラマ「空くらい地くらい」は3組ほどのカップルが毎回10分程度進展していくが、ほぼ同時進行。それらが複雑にからんでいく。でもやはり主役のジス(ハン・ヒョジュ)とムヨン(パク・ヘジン)の恋の行方がきっちりと描かれている。ジスが恋のキューピッドとなり結ばれるソク・ジョンフン(ホン・ヨソプ)とミョンジュ(ユン・へヨン)の14歳、年齢差カップルもステキです。これから劇中結婚式も見れそう。とくにジス父親役のホン・ヨソプさんの知的で物静かな品格ある態度は、中年男性のお手本になります。韓国人がますます好きになりそうです。

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ホン・ヨソプ

    今日視聴した回は家出したムヨンがソウルから汽車にのって堤川(チェチョン)へ母をさがして三千里。韓流新王子様のパク・ヘジンくん、まさに貴種流離譚を女性視聴者につよく意識させる。「冬のソナタ」のヨン様もそんなシーンがあった。釣り場で働いているという噂をたよりに探し歩くがなかなか見つからない。ウナには電話で釜山へ行くと嘘をついていたのだろう。地図で調べたら堤川はソウルからそんなに遠くはないところだった。韓国ドラマで地理の勉強をしよう。

本日の食事

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2009年6月29日 (月)

本日の食事

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2009年6月28日 (日)

モーニング娘。ぶらり駅名の旅

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   むかし柳亭痴楽は駅名をもじって、「恋の山手線」という新作落語を作ったそうな。いまはモーニング娘の名前と同名の駅名を探して、全国の旅に出かけてみよう!

    中澤裕子・中沢駅(青森県青森市)、安倍なつみ・安倍川駅(静岡県静岡市)、福田明日香・福田町駅(宮城県仙台市)、飯田圭織・飯田駅(長野県飯田市)、保田圭・保田駅(千葉県安房郡)、矢口真里・矢口渡駅(東京都大田区)、後藤真希・後藤駅(鳥取県米子市)、石川梨華・石川駅(青森県弘前市)、吉澤ひとみ・吉沢駅(秋田県由利本荘市)、辻希美・辻駅(徳島県三好市)、高橋愛・高橋駅(佐賀県武雄市)、小川麻琴・小川駅(熊本県宇城市)、田中れいな・田中駅(長野県東御市)、亀井絵里・亀井駅(熊本県熊本市)、道重さゆみ・道重駅(富山県高岡市、加越能鉄道バス)、久住小春・久住駅(千葉県成田市)、石黒彩・東石黒駅(富山県南砺市)

    見つから無かった駅名は、ジュンジュン駅、リンリン駅、加護駅、新垣駅、市井駅、紺野駅、藤本駅、光井駅。ネットで調べると、モーニング娘の名前を使った架空の駅名があってだまされた。:芸能人と同じ名の駅名に人気があってチョットしたブームだが、アイドルファンと鉄道マニアが合体して楽しんでいるのだろう。遊び心で地理のお勉強にもなり、いいんじゃない。

本日の食事

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2009年6月27日 (土)

本日の食事

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2009年6月26日 (金)

ある愛の詩

Img 1982年撮影の「スクリーン」掲載写真

   マイケル・ジャクソン死去のニュースと同日夕刊にはがん闘病中のファラ・フォーセット死去の悲報もあった。ファラとライアン・オニールとの長い交際は知られていたが、最近二人は正式に結婚することが明らかになったばかりだった。マイケル・ジャクソンはライアン・オニールの娘テータム・オニールとも交際の噂があったし、1970年代から80年代にかけてはハリウッドのゴシップを賑わしていたスターたちだ。だが、マイケル・ジャクソン、ライアン・オニール、テータム・オニールと華麗なスターたちも近年はスキャンダルばかりで、われわれの青春の思いでも色褪せて過ぎていくという感がある。
   ファラ・フォーセットはマイケルと同日死亡のため訃報記事の扱いが小さいが、まちがいなく80年代アメリカのセックス・シンボルだった。マリリン・モンロー、キム・ノバク、ラクウェル・ウェルチ、ファラ・フォーセット、シャロン・ストーン、キャメロン・ディアスと続く。1976年から始まったTVシリーズ「チャーリーズ・エンジェル」の初代エンジェルの一人。水着姿のポスターが1200万枚売るほどの人気だった。初代エンジェルはファラ・フォーセット(中村晃子)、ケイト・ジャクソン(高林由紀子)、ジャクリン・スミス(上田みゆき)の三人。真っ白い歯とボリューム豊かなヘアとスレンダーなボディが魅力的だった。私生活ではリー・メジャーズと別れたあと、1980年ころからライアン・オニールとの交際は常に映画雑誌で知っていたが、30年のちも恋多き二人が連れ添っていたとはハリウッド・ラブストリーもいいもんだ。一方のライアン・オニール。若い頃、ミア・ファーロー(「ローズマリーの赤ちゃん」)、ババーラ・パーキンス(「哀愁の花びら」)、ジョアンナ・ムーア(「黒い罠」)、リー・テーラー・ヤング(「悪女のたわむれ」)ら有名女優ばかりとの交際は華麗だ。それも昔の話になった。彼も現在は慢性白血病という。おもえば「ある愛の詩」のライアン・オニールはハリウッドを代表する青春スターだったが、なにかしら時の流れを感じさせる。

本日の食事

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2009年6月25日 (木)

本日の食事

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ユスト高山右近

Photo マニラにある高山右近の銅像

    戦国時代のキリシタン大名で知られる高山右近(1552-1615)。1564年、日本人修道士ペレイラから洗礼を受け、ユスト(ジュスト)と命名される。このとき右近は13歳だった。右近は山崎の合戦の前に豊臣秀吉につき光秀と戦った。1585年、秀吉から播磨国明石6万石を与えられた。だが、1587年6月、秀吉のキリシタン禁令により明石城を没収される。のち加賀前田家で、軍奉行をまかされ、自費で教会を建立した。だが、1613年には徳川家康が禁教令を発布し、ついに国外追放を命じられた。右近ら148名のキリスト教徒はマニラ・マカオに追放された。悪天候のため1ヵ月以上の長い船旅の疲れから、1615年2月4日夜半、マニラのイントラムルスで客死した。享年64歳。現在、マニラ近郊のパコ駅前の公園ディラオに銅像が1978年に建てられている。デラオはスペイン語で「黄色い日本人」という意味で、昔は日本人町があったところだ。

2009年6月24日 (水)

本日の食事

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天下無双の槍の名人、俵星玄蕃

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    吉良家にほど近い本所横網町に宝蔵院流の槍を取っては天下無双といわれた俵星玄蕃が住んでいた。玄蕃はたびたび屋台の夜なきそばを食いにいく。そば屋の当たり屋十助という男、どうやら武士のようだ。あるとき、玄蕃が吉良の付人として仕官を勧められる。だが赤穂の浪人たちに深く同情を寄せていた玄蕃はこの申し出を断わる。さて討入り当夜、義を重んじる玄蕃は赤穂浪士を助けようと槍を持って吉良邸へ行くと、夜なきそば屋の十助がいたので驚き、いままでの非礼を詫び吉良邸の外を警戒して本懐達成に協力したといわれる。十助は杉野十平次次房といい、享年28歳であった。俵星玄蕃は講談や浪曲でお馴染みではあるが、もちろん架空の人物。映画では、大正3年「俵星玄蕃」では尾上松之助、大正9年「俵星玄蕃」嵐璃徳、昭和2年「俵星玄蕃」尾上紋十郎、昭和3年「俵星玄蕃」(日活)尾上多見太郎が演じている。戦後では昭和34年の「血槍無双」(東映)では片岡千恵蔵、昭和37年「忠臣蔵」(東宝)では三船敏郎が演じている。
    俵星玄蕃のモデルとして考えられる人物として、大石無人(1627-1712)がいる。大石内蔵助の遠縁にあたり、赤穂浅野采女正長重に仕えたが浪人し、寛文6年(1666年)から江戸に住んだ。堀部弥兵衛と親しく、義挙参加を申し出たが、主家を退去したのは昔のこと、今は子にかかっている身分、と忠告されて思いとどまっている。長男郷右衛門良麿、次男三平と共に義を好み、討入りの時は三平と吉良邸の外で警戒にあたった。この故事から、明治期の講釈師が俵星玄蕃を創作したと考えられる。

2009年6月23日 (火)

本日の食事

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大役を逃したスターたち

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   1992年頃、ロンドンでは、若きシェイクスピアと彼を信奉する貴族の娘ヴァイオラとの恋愛映画を企画していた。配役には「プリティ・ウーマン」のジュリア・ロバーツに決定した。ところがクランクイン1ヵ月前になってジュリアがドタキャンした。製作者側は面白い企画だけになんとか映画化したいと6年の歳月をかけて、売り出し中の女優のグィネス・パルトローを見つけた。これが「恋におちたシェイクスピア」(1998年)である。ブラピと婚約解消した彼女は、この映画でアカデミー主演女優賞を獲得した。

    映画の大役を逃したという話は過去にもたくさんある。ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン共演の永遠のラブ・ストーリー「カサブランカ」(1943年)。キャストは最初リックはロナルド・レーガン、イルサはアン・シェリダンだった。ついでジョージ・ラフトとヘディ・ラマーのコンビになった。ところが当時ギャング映画の大スターだったラフトは「レーガンごときが断わった役を俺がやれるか」と断わってしまった。それで当時は悪役からようやく主役をやりはじめたボギーに白羽の矢が立った。相手役もスウェーデンからハリウッドに招かれたものの決定打のなかったバーグマンがイルサを射止めた。ボギーもバーグマンもこの映画がのちにこんなに名作になるとは思ってもいなかった。戦時中のこともあって、時局的に自由を讃美する内容もすばらしく、アカデミー賞では、作品賞・監督賞・脚本賞が与えられた。映画の魅力は共演したハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンの二人であるのに受賞はなかった。主題歌「時の過ぎゆくまま」も、今も歌い継がれている最高のラブソングだ。「僕達にはパリの想い出がある。君の瞳に乾杯!」

キッズ・スターは大成しない?

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    むかしから芸能界には「子役あがりは大成しない」というジンクスがある。(もちろん日本には高峰秀子、美空ひばり、中村メイコという例外もあるが…)。ハリウッドでもジャッキー・クーガン、ミッキー・ルーニー、マーガレット・オブライエンなど名子役たちも大成したスターとはいえない。「ホーム・アローン」のマコーリー・カルキンや「ターミネーター2」のエドワード・ファーロングたちも100万ドルスターといわれたが今はどうだろう。30歳を過ぎたところなので、これからが正念場だが前途にはかなり厳しいものがある。テレビでよく再放送される映画はいつも彼らの古い作品でいつまでも少年のままなので、新作を見るとまず驚きが先にくるだろう。そういう意味ではジョディー・フォスターとレオナルド・デカプリオは、成長ぶりを見続けているので別格スター級だろうか。ジョディは3歳からTVのCMにでていたが14歳のとき映画「タクシードラバー」の少女娼婦役で世界のスターとなった。デカプリオも14歳のころからCMに出演し、TVの「愉快なシーバー家」でティーンのアイドルとなった。そんなデイカプリオもいまや35歳。新作はなんとマーティン・スコセッシ監督の「シナトラ」。彼はこの役をとるためボーカル・コーチを雇ってトレーニングを始めたという。いくらなんでもシナトラばりの声がすぐに出るとも思われないが、「子役あがり」がスターを維持していくためには、数倍の努力と精進が必要なのだろう。

風景画家シスレー

Img ルーヴシエンヌの通り 1872年

   リオネロ・ヴェントゥーリはアルフレッド・シスレーのことを「印象主義者の中でも彼は最大の画家の一人であった。彼はまた誰にもまして世の無理解の犠牲者であった」といっている。(「印象主義文献資料集成」1939年)
    同時代の画家ゴッホも「印象派の中でも最も節度あり穏健な画家シスレー」と弟テオ宛ての手紙で触れている。たしかに他の印象派の画家たちのように個性や実験的な試みも少ない。ほとんどフランスの田舎の風景を、長い間、自分の美的世界を信じて芸術に打ち込んで描いた、意志の人である。生前は評価されることはなかった。死後その詩情溢れる世界は徐々に高値をよび、いまや最も注目すべき風景画家の一人とされている。シスレーの風景画における良質な部分はデリケートでメランコリックなところである。モネ、ルノワール、ピサロにはない詩情が最も純粋なかたちで表現されている。シスレー研究が進み回顧展が多くなれば、ますますその評価は高まるものと思われる。

2009年6月22日 (月)

本日の食事

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若き日の真田幸村

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    戦国の世にあって真田氏の周りには織田、徳川、北条と強敵揃いで、真田昌幸(1545-1609)はその間隙をぬって生きねばならなかった。昌幸は北条氏直に好誼を通じ、その一方で織田信長に名馬を贈ったりして臣従を誓った。信長が本能寺にて自害すると、昌幸は北条氏に従属する態度を鮮明にした。ところが9月になると昌幸はその北条氏を見限り、徳川家康につくのである。しかし家康は真田氏が支配している沼田城を、北条氏に引き渡すように命じた。昌幸は家康のこの命令をはねつけ、越後の上杉景勝に和を乞い、二男の幸村(1569-1615)を人質に差し出すことにした。
    天正13年閏8月、真田幸村は上杉領の海津城へと赴いた。天正14年、昌幸は景勝の上洛の留守中に、幸村を越後の春日山城から呼び戻すと、豊臣秀吉の許へ人質として送った。これを知った景勝は怒った。さっそく秀吉に幸村を返してくれるように願ったが、秀吉は聞き入れなかった。その後秀吉は、北条氏を亡ぼす小田原征伐で、豊臣勢として参陣してきた昌幸・信之父兄の許へ、幸村に部下までつけて返してやるのだ。幸村が専属の部下を持って合戦にのぞんだ最初であった。幸村もすでに24歳になっていた。真田家存亡を賭して人質となった若き日の幸村の姿であった。

十七条憲法の謎

Img_0001 江戸時代の幽竹法眼が描く「聖徳太子・ニ王子像」1763年

    日本の古代史上に輝かしい足跡を残した聖徳太子(574-622)は、日本人にとって最もなじみの深い人物で、広く崇敬を集める偉人である。だが「日本書紀」に現れる厩戸皇子は謎の人物である。たとえば、生れてすぐ口がきけたとか、十人の訴えを一度に聞いた、とか。ここでは、伝説には眼をつぶって彼の歴史上の業績をみてみよう。崇峻天皇が殺されて、聖徳太子の叔母推古天皇が即位するが、太子はその摂政となり、603年12月、冠位十二階を制定し、翌年4月には十七条の憲法をつくったと「日本書紀」には記されている。当時の飛鳥王朝は蘇我馬子(?-626)が実力者であり、大家(おおとじ)・推古と叔父馬子の共同統治であった。若干20歳の厩戸が政治に関与できるところはきわめてすくなかったのではないだろうか。有名な十七条憲法も外部に発表されてものであるのか明らかではない。またその用語の研究から、太子の作ではなく、太子信仰が昂まった時点の僧侶の偽作とする説もある。太子の宮殿斑鳩宮は643年、蘇我入鹿の襲撃によって焼き払らわれ、一族子弟は全滅したので、十七条憲法の記録だけが残って「日本書紀」に転載されたのはいかにも不自然である。十七条憲法は後世の偽作とみるのが自然であろう。

2009年6月21日 (日)

本日の食事

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2009年6月20日 (土)

本日の食事

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へセッド、神との契約の愛

汝わが面の前に我の外何物をも神とすべからず

Img 金の子牛の礼拝に示されるエジプトの多神教は、広い影響力を持っていた

   モーセはシナイ山の頂にひとりでよじのぼり、雷鳴や稲妻の中で神と出会い、十誡を受け取った。だが神との厳粛な契約してからも、イスラエルの民は早くも金の子牛を造って拝んで騒いでいた。多神教のエジプトの神々の風習である。十誡は、あらゆる時代のあらゆる人に適用し得る基本的な道徳上の軌範を定めたものである。最初の4つの戒めは神に対する人間の関係に関するものであり、残りの6つの戒めは人間同士の関係に関するものである。とくに十誡の第一は最高原理の提唱であり、最も重要なものである。「おまえたちは私のほかに何ものをも神としてはならない。おまえは、自分のために偶像、あるいは上の天にあるもの、下の地にあるもの、地の下の水にあるものにかたどったどのようなものをも造ってはならない。おまえらはそれらを拝んではならない。またそれらに仕えてはならない。おまえの神エホバである私はねたみの神であり、私を憎む父の悪を子に報い、3代、4代にまで及ぼし、私を愛し、私の命令を守る者には、千代に代わらぬ愛を示す」とある。ねたみの神であるエホバは外の神を崇拝することを絶対に許さない。エホバ神の独一性の主張である。従って、多神教と宗教的二元論を完全に排除することは明らかである。キリスト教のなかには世俗と宥和するため、新約のみを聖書とし、旧約は歴史的文献とみなすものもあるが、聖書は旧約・新約あわせた一環した神の言葉であり、そのなかでも十誡、とくに第一の誡は最高原理を示すものである。多神教との宥和、偶像の信仰は厳しく禁じられている。

    神との契約の愛とは、へブル語でいうヘセッド(chesed)である。英訳聖書ではわずかな例外を除いて、loveing-kindness(あわれみ、いつくしみ)と訳される。契約を結んだ神とイスラエルの民とは、相手に対して誠実に契約を守ることを自分の生命にかけて誓うもので、その契約順守において示す「誠実さ」をヘセッド(へセド)という。しかし、イスラエルの民はわずか6週間後には金の子牛を崇拝し、神を裏切った。契約を破る者に対する罰は死である。しかし、モーセのとりなしの結果、イスラエルの民はかろうじて絶滅を免れた。

2009年6月19日 (金)

本日の食事

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戦争の原因は宗教上の対立か

Photo 十字軍のコンスタンティノポリス占領  ドラクロワ
  現代はまさに科学万能の時代である。そして人類史上最大の兇器たる核兵器が現実に使用される恐怖が近づいている。このままの状態で歴史が前進するならば、人類の前途はまさに壊滅あるのみというほかない。ここであらためて問われはじめたのが、巨大化した物欲に急速な方向転換をうながす何ものかの勃興についてである。そこに、こんにち宗教への視線の向けはじめた意味が潜んでいる。しかしながら、中世以前に繁栄した宗教は、近代化のまえにあたかも人間の蒙昧期の所産であったかのようには一蹴せられ、それに取って代わったのが科学である。養老孟司は言う。「現代の3分の2が一元論者だということは、絶対に注意しなくてはいけないんです。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教は、結局、一元論の宗教です。一元論の欠点というものを、世界は、この150年で、嫌というほどたたき込まれたはずです。だから21世紀は、一元論の世界にはならないでほしい」換言すれば、戦争は一元論の宗教が原因で起こったといっていることである。科学哲学を論じる人にはこの考えの人は多い。しかしながら、無数の歴史事実を検証し、そこから戦争の真の原因を究明しようとする歴史家の立場から言えば、必ずしも科学哲学の説に賛同できない。あの十字軍は、当初は聖地回復という目的であったが、キリスト教とイスラム教という宗教上の対立のみではなく、政治的、経済的な利害も複雑にからんでいた。島原の乱も、キリシタン弾圧に対する宗教一揆の形態をとっているが、歴史家は幕藩制社会確立過程の収奪強化に抵抗する農民一揆の性格とみている。イスラエルと周辺アラブ諸国とで戦われた中東戦争、パレスチナ武装勢力との紛争、イスラム原理主義によるテロも、宗教上の対立に見えながら、アメリカの覇権に対する反米運動、民族の居住権など民族上の問題などが根底にあるのである。ルネ・グルッセは「十字軍とはヨーロッパの最初の植民地活動である」といっている。第二次世界大戦における太平洋戦争も十字軍以来の欧米による植民地活動であり、中国、インド、東南アジアなど日本を除くほとんどの地域が植民地、半植民地化されていたことを考えると、戦争の原因は宗教というのはうわべの理由であり、領土拡張、植民地活動、経済的権益・利権の争奪戦である、覇権主義が基本構図である。科学哲学の説く宗教一元論悪玉説は妄説である。

2009年6月18日 (木)

本日の食事

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人生の坂道

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 道は登り坂でしょうか、どこまでも。
 そうです、最後の最後まで。
 旅はまるまる一日かかるのでしょうか。
 そうです、明け方から夜中までも、友よ。

   どんなひとの人生も坂道をのぼるようなものだろう。男も、女も、金持ちも貧乏人も、資本家も労働者も。現代社会は物質にめぐまれ、とりあえず餓死する人は我が国では稀である。(もちろんさまざまな事情で餓死する人もいる)だがすべての人が幸せかというとそうでもない。かなりストレスが多い社会だ。孤独に悩んでいる人も多い。崩壊する家庭もある。勤め先の企業で問題をかかえている人もいる。ごく一部まれに人々がうらやむような出世をした女性もいる。キャリアで官庁のトップになって、夫と子供とも幸せな家庭にめぐまれ、人からは「働く女性の希望の星」と憧れられる。そんな人にもある日突然、公文書偽造で逮捕されるという事態が突然に襲ってくる。本人は否認しているので何も明らかではないが、事件の背景に大物国会議員が係わっている。公務員であれば議員案件に便宜を図れば、そのみかえりに昇進が約束される。まさか20億という巨額の郵便不正事件という重大な犯罪の原因をつくったと想定できただろうか。彼女は政権交代という政治家の仁義なき抗争に巻き込まれただけの小物の一人にすぎない。陰で巨悪が安穏な暮らしをしている。この事件は松本清張の社会派推理小説の格好の題材になるような話だ。ノンキャリアの係長やキャリアの局長、ドロドロした人間の欲がうずまく、魔物の棲む中央官庁。そして悪徳政治家。まさに現代日本の官僚社会の縮図を物語る。官庁だけでなく、企業や巨大メディア、病院、大学でも何か歯車がくるっているとしか思えない事件が頻発している。

    古来から「すまじきものは宮仕え」といい、早めに辞表を出して隠棲するのが賢明な生き方だろう。中国では地方に住んで書画骨董と自然を愛して晴耕雨読の晩年をすごすのが理想とされている。田舎で清貧に甘んじるか、都で栄耀栄華を夢みるか、選択は本人次第だろう。だがすべての人が辿る道は坂道だ。

2009年6月17日 (水)

本日の食事

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愛とサラン

   NHK連続テレビ小説「つばさ」の一場面。「ラジオぽてと」の建物はもとは映画館だ。カラオケ大会の会場にするため万理の父親・泰典(金田明夫)が歌いながらやって来た。ヘルメットには「愛」の文字。カラオケ大会のテーマは「愛」だ。

    3時から「天くらい地くらい」を見ているとジス父とミョンジャの結婚話で大騒動になる。スニムは後妻で年の離れた夫に先立たれ苦労したため猛反対。だがミョンジャの愛も一途だ。「相手の看護のために一生終ってもくいはない」という。「ナイチンゲールか?」「いや、それがサランだ」やはり韓国語で「サラン」という言葉は決め台詞なのだ。「つばさ」の「愛」の歌のオン・パレードがいかにも安っぽく聞える。「天くらい地くらい」の登場人物はそれぞれの立場で必死なのが伝わる。サンヒョンが離婚話を切り出したのも驚かされる。真面目で一途な性格だけに思いつめると結論は早い。わがままだが可愛いウンジュだけに男性視聴者からするともったいない気がする。ウンジュも反省しているみたいだし。韓国の男性は日本の男性よりも男っぽいのだろう。それと伝統行事や礼儀作法にやかましいようだ。日本と韓国のドラマを平行して毎日見ていると、似ているようで、異なる点も多い。感情表現がストレートな韓国だけにドラマ的に迫力がある。

  ドラマ終盤になってやっとジス(ハン・ヒョジュ)が登場。宣伝のスチールでは中央にいるが、どうも出番が少ない。人気があり番組をかけもちしていて忙しいのかもしれない。ともかくムヨンとウナが仲良く映画デートしたので不機嫌なのだ。ムヨンは「やきもちやくのはおかしい」という。ジスは「そんなことで大学にいけるのか」と心配する。どうも二人のツンデレになりそう。ツンデレは面白い。一方のつばさは入院中の翔太とラブラブ。ラブラブは見ていてあまり面白くない。ライバル万理も早くも撤退したのもツマラナイ。吉田桂子の出番が少ないのも残念だ。今後新たな障害が二人にあるだろうがもっと意外な展開を期待したい。「つばさ」はヒロインと翔太の話が進展しないと視聴率があがらないだろう。

2009年6月16日 (火)

本日の食事

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青春の哀しみ(啄木歌集 三首)

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  己が名をほのかに呼びて
  涙せし
  十四の春にかへる術なし

  教室の窓より遁げて
  ただ一人
  かの城址に寝に行きしかな

  潮かをる北の浜辺の
  砂山のかの浜薔薇よ
  今年も咲けるや

   かつて桑原武夫が「日本民族の青春」という一文を書いている。「石川啄木をもちえたことは古今を通じて日本文学の大きな誇りである。鴎外、漱石、藤村等の偉大な存在にもかかわらず、もし一人の啄木がなかったならば、明治文学いな日本近代文学には深く欠けるところのものがあったであろう。青春。日本民族は、古来つねにおおわれていたその美しい青春を、この天才のうちに一挙に開花せしめたといえる。」(啄木全集広告文)

2009年6月15日 (月)

本日の食事

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「つばさ」と「空くらい地くらい」

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    退職後の気楽な人生。毎日ドラマ「つばさ」と「空くらい地くらい」を欠かさず見ているが、やはり韓国ドラマにハマってしまう。サンヒョン(イ・ジュヒョン)とウンジュ(カン・ジョンファ)は離婚するのだろうか?ジス父(ホン・ヨソブ)とミョンジュ(ユン・ヘヨン)は結婚するんだろうね?そしてムヨン(パク・ヘジン)とジス(ハン・ヒョジュ)の愛の行方は?ウナ(ホン・スア)はどうなる。御覧になっていない方は何のことやらさっぱりわからないでしょうが…。ところでこのドラマで一番の見所は韓国のおばちゃんです。スニムおばさん(チョン・ジェスン)とボンレおばさん(バン・ヒョジョン)のバトル合戦。まるで山岡久乃や赤木春恵といったところでしょうか。そしてボンレおばあさん、何かを隠しているようで…実はお金持ちみたい。今日見た回でなんとなくそんな予感がします。あらすじは見ないで楽しみにしています。スニム(ミョンジャの継母)役のチョン・ジェスン、どこか見覚えがあると思っていたら、チェ・ジウ主演の「真実」ではヒョヌ(リュ・シウォン)の母親役で出演していた。

   それにしても我らのハン・ヒョジュちゃんの出番の少ないこと。今韓国で放送中のドラマも好評のようで、ハン・ヒョジュは活気に満ちた明るい女性(白い歯を見せる笑顔が魅力だから)のほうが、ウニョンのような悲しい役より適役ですね。それにひきかえ、多部未華子が魅力を発揮できず沈没したことが残念でならない。
    16日放送分。ジス父がついにプロポーズした。ウンジュが夫の実家で一泊。トイレにビデがないことから夜中に帰宅。なにやら危険な雲行きになってきた。わがままな女性かも知れないが、帰宅の理由がいかにも現代女性らしくて上手い。「つばさ」は向田邦子を意識したというわりには、あまり女性心理が細やかに描けているようには感じられない。演出家や脚本家たちは「寺内貫太郎一家」を子供時代に見て、それが向田邦子風だと誤解して「つばさ」を制作しているのではないか。連続テレビ小説ならば「小説」らしく、登場人物が毎週現われては消えていくのではなく(斉藤由貴、石橋蓮司、太川陽介など)、レギュラー陣と相互に関係して、大団円に向かうきめ細かい構成が大切だ。「つばさ」はギャグも笑えないし、コメディーにもなっていないし、人情劇にもなっていない。いまNHKは民放風をめざしているようだが、「つばさ」はその傾向の悪例となってしまった。NHK関係者は「空くらい地くらい」を見て学ぶべし。

俳人の偽装死

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 野に死なば 野を見て思へ 草の花

 娑婆にひとり 淋しさ思へ 置き火鉢

    蕉門十哲の一人、各務支考(1665-1731)は死んだふりをして、生前葬をしたことで知られる。「オレが死んだら世間の奴らは、オレのことを何というか、知りたいものだ」と妙な気を起こし、宝永8年(1711)死んだと偽って、弟子たちの名で追善句集まで出させ、その後は弟子の名に仮託して論敵をやっつけなお十数年も生きのびたという。死んだふりをすることを「佯死(ようし)」というが、今では偽装死というほうが一般的にわかりやすいだろう。

2009年6月14日 (日)

愛と恋

   NHK大河ドラマ「天地人」で直江兼続の愛の前立てがよく話題になっている。この愛の意味は、愛染明王若しくは愛宕権現の頭文字から取ったものであるのか、仁愛の意味が含まれているのか謎であるが、戦国時代思潮を考えると、たいへんに興味深いところである。ある調査によれば、現代でも「愛」はもっとも好まれる漢字一文字だそうだ。ところで「愛」と「恋」のちがいは何か。英語では、loveの概念に区別はない。ウィキペディアによれば、恋が一方的な思慕の情を指すのに対して愛は常に相手の立場を思いやる心遣いだという。高校生がガールフレンドとの三角関係のトラブルで亡くなるという痛ましい事件があったが、「彼女を守る」という一方的な思い込みは時として暴走することがある。純愛ブームというものもドラマの中だけならよいが、現実社会においてはたえず危険が伴うものである。土曜日の朝日新聞の人生相談に「教え子の女性が恋しいんです」という40代の高校教師の悩みが掲載されている。回答者の作家・車谷長吉さんは「世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生した時に始まった、と考えるが、実はそうではない。生が破綻した時に、はじめて人生が始まる。あなたは自分の生が破綻することを恐れている。恐れずに、仕事も家庭も失ってみたら」という、大胆な回答をされている。どうも相談者が本当に悩んでいるのか怪しげな記事なのだが、回答が回答だけに読物としては面白い。ただし、これで人生相談として成立するのだろうか。回答者は、この世の地獄を見て成功した人だからよいが、だれにでも適用できるとはとても思えない。やはり、現代社会に正しい指針がないのだろう。「バカの壁」を取り払ってしまうと、固定観念がなくて、自由な意見はよいが、その結末は恐ろしい。聖書であれば、先ず姦淫は否定されるので、教師が教え子に恋するだけでもいけないことであろう。ドラマ「高校教師」では「あの頃の僕達二人の関係は、一体何と呼べば良かったのだろうね。恋と呼んだら、きっと君は怒っただろう。けれど、愛と呼ぶには僕達はまだ、余りにも幼すぎたんだ」とある。ドラマの結末は忘れたが不幸なものだったような記憶がある。

本日の食事

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ほんとうに偉い人は誰れ?

   この世には、国民栄誉賞、文化勲章、ノーベル賞など多数の賞という名のつくものが存在し、その偉大な功績に対して栄誉を与えている。あるいは、織田信長、アレキサンダー大王、ジュリアス・シーザー、シャルルマーニュ大帝、ジンギスカン、ナポレオンなど強力な支配者も現われ、歴史上の偉人を英雄と呼ぶかもしれない。ほんとうに偉い人は誰か?歴史家のH・G・ウェルズによると、人の偉大さは、「どんな発展性のあるものをあとに残すかによって、また他の人々が、その人の死後も新しい線に沿って絶えず精力的に思考するようになるかどうか」によって計られる。ウェルズの基準に従えば、イチローが今後、何本ヒットを打とうと、森光子が何回「放浪記」を上演しようが、「ご苦労さん」といえばいいことで、偉大さとは無関係なものであることになる。思い浮かぶ人がひとりいる。その人は、辺鄙な村で田舎の女性の子供として生まれた。育ったのは別の村で、30歳になるまでその村で指物師として働いた。その後、3年間は各地を巡って伝道をおこなった。本を書いたこともなく、公職に就いたこともない。家族をもうけたことも、家を持ったこともない。大学に通ったこともないし、大都市に行ったこともない。生れた場所から320キロ以上離れたところに旅行したこともない。世論の動きがその人に敵対するようになったとき、わずか33歳だった。友人たちは逃げ去った。その人は敵に引き渡された。形だけの裁判を受けた。そして、2人の強盗の間に立てられた杭に釘付けされた。死にかけていたとき、死刑執行人たちは、その人が地上で持っていた唯一の財産だった衣服のくじ引きをした。死んだときには、ある友人の哀れみにより、借りた墓の中に横たえられた。その人は今日人々が思うような偉いことは何一つ行っていないと言っていい。地位も財産も権力もない。しかし、その人は約2000年経ったいまも、その人の教えと、教えに調和した生き方によって、世界中の人々の生活に影響を与えてこられたのである。

2009年6月13日 (土)

本日の食事

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2009年6月12日 (金)

本日の食事

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2009年6月11日 (木)

本日の食事

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神に対して富む

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  「美しさはうつろい、美しさは過ぎ去る」と、詩人ウォルター・デラメアは言っています。4月1日、お別れにいただいた胡蝶蘭の花も散ってしまいました。うせゆくのは花の美しさだけではありません。会社、組織も100年たてばほとんど滅びます。国家の体制も200年、300年続くことは歴史的にみても稀なことです。国家や王朝、この世の体制や事物はやがて滅び、新しい民族、新しい体制に生まれかわります。ましてや一個人の財産などむなしいものです。
    ヤコブは「(富んだ人は)草木の花のように過ぎていくからです。太陽が焼けつくような暑さを伴って昇り、草木を枯らすと、その花は落ち、その外観の美しさはうせるのです。富んだ人もそれと同じように、生涯の途上で消えてゆきます」と書いています。
   イエスはある男の人のたとえ話をされました。その人はくつろいだ、楽な生活ができるように一生懸命富を蓄えました。しかし、安楽な生活を楽しむのに必要なものがすべてそろったと思った時に死んでしまいました。それでイエスは次のように警告されました。「自分のために宝をためても、神に対して富んでいない者はこうなるのです」
   「神に対して富む」 イエスはここで何を言おうとしておられるのでしょうか。この世で富んでいる人は「天に宝」を、つまり神のみ前に良い名を得ているのです。この宝は失われることはありません。

2009年6月10日 (水)

ダビデの鍵

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   イエスは「ダビデの鍵」を持っています。この「ダビデの鍵」とは何か?
   神は永遠の王国のための契約をイスラエルの王ダビデと結んだ。ダビデ王家は西暦前1070年から前607年まで繁栄を続けたが、その王国が悪に傾いたため、神の裁きが執行された。神は、「わたしはエルサレムを破滅、破滅、破滅とする。これについてもまた、それ(ダビデの家系に属する王権の笏)は法的権利を持つ者が来るまで、決してだれのものにもならない。わたしはその者にこれを必ず与える」というエゼキエルの預言を成就し始められた。それから約600年後のこと、ダビデの子孫であるユダヤ人の乙女マリアが聖霊によって妊娠した。神はみ使いガブリエルを遣わして、マリアに一人の男の子が授けられるので、その子をイエスと名づけるよう彼女に知らせた。ガブリエルはこういった。「これは偉大な者なり。至高者の子と呼ばれるでしょう。神はその父ダビデの座を彼に与え、彼は主としてヤコブの家を永久に支配するのです。そして、彼の王国に終りはありません」
   イエスは西暦29年にヨルダン川でバプテスマを受け、聖霊で油そそがれた時、ダビデの家系の指名された王となられた。そしてイエスは苦しみの杭の上で死を遂げるに至るまでご自分を低くし、こうしてダビデの王権を受け継ぐ十分の資格があることを証明された。神はイエスを不滅の霊者として復活させ、天のご自分の右に高められた。イエスはそこでダビデの王国の権利をすべて受け継がれた。そしてイエスはダビデの鍵を使って、神の王国に関連した機会や特権にあずかる道を開くことになった。(参考:「啓示の書」12章自分が持っているものをしっかり守りつづけなさい)

本日の食事

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テトスのクレタ島への伝道の旅

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  パウロの良き伝道の協力者として知られるテトスのことについては、ギリシア人であることのほか何もわからない。ただエーゲ海の南部に浮かぶクレタ島に伝道したことは聖書「テトスへの手紙」(パウロ)によって明らかである。それによれば、クレタの人々は生まれつき好戦的、論争的な人々で、わがままで、権威に反抗的で、酒が何よりも好きだったので、テトスも伝道に苦労したようだ。しかしテトスは妥協しない。キリスト者の生活は、家庭でも、教会でも、権威に対しても、規律、従順、尊厳を求める。キリスト者として、権威を持って、キリスト者の基準をあくまで主張して伝道にあたった。「テトスへの手紙」(テトス1-15)に次のようにある。「清い人には、すべて清いのです。だが、汚れている者、信じない者には、何一つ清いものはなく、その知性も良心も汚れています。こういう者たちは、神を知っていると公言しながら、行いではそれを否定しているのです。嫌悪すべき人間で、反抗的で、一切の善い業については失格者です」神に対する信仰を弱めさせる説を提唱する者はこの21世紀も多くいる。初期の伝道者は決して妥協しなかったという事実をもっと考慮すべきことである。

2009年6月 9日 (火)

本日の食事

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鉄道のあゆみ

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    1825年9月27日イギリスのストックトン・ダーリントン間で最初の鉄道が開通した。我が国は明治5年10月14日、新橋・横浜間で開通。明治22年には新橋・神戸間が全通した。昭和5年10月1日の改正で東京・神戸間を特急「燕」は9時間かかった。昭和12年7月1日の改正、東京・神戸間を特急「鴎」は8時間57分。昭和35年6月1日の改正、東京・大阪間を特急「つばめ」は6時間30分だった。昭和39年10月1日、東海道新幹線が開業した。料金は運賃・特急料金あわせて2480円。超特急「ひかり」は東京・新大阪間を4時間で走った。翌年の昭和40年11月1日の改正では3時間10分に短縮した。高速時代の幕開きである。平成17年7月1日から「のぞみ」は最速2時間25分、ダイヤでは2時間33分か2時間36分である。

2009年6月 8日 (月)

本日の食事

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現代人にとって神は不要なのか?

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    現代は原子力の時代、宇宙開発の時代といわれ、もはや神の存在は不要になったのであろうか。そんな疑問をいだかせる本が「バカの壁」である。平成15年に出版され400万部という大ベストセラー「バカの壁」を遅まきながら読む。養老孟司は次のようにいう。「私の考え方は、簡単に言えば二元論に集約されます。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教は、結局、一元論の宗教です。一元論の欠点というものを、世界は、この150年で、嫌というほどたたき込まれてきたはずです。だから、21世紀こそは、一元論の世界にはならないでほしいのです。男がいれば女もいる、でいいわけです」

   おそらく無信仰の多い日本人には養老孟司の話は受け入れやすいだろう。とくにキリスト教は日本では増えていない。仏教、神道といっても冠婚葬祭だけの話である。つまり養老の説は宗教、思想、哲学を研究しても無意味だという話になりかねない。ほんとうに信頼できるのは合理的に実証できる科学だけだ、といっていることと同じであろう。(データの改竄、捏造はあるが)最近の科学論(科学哲学)の世界でも「パラダイムの転換」にみられるように、一元論ではなく、二元論、多元論が優位であることは事実である。つまり養老のスタンスは科学者の立場からはあたりまえのことを言っているにすぎない。おもえば近代科学の学者たちは、神に対する信仰を弱めさせる説を提唱してきた。ダーウィン、マルクス、ニーチェ、フロイト。文学者の魯迅も儒教が中国の近代化を遅らした弊害を厳しく批判した。20世紀マルクス主義の唯物論の大学教授は隆盛を極めたが今は空しい結果となっている。二元論、多元論が正当性があるかの如く広まっているが、神や宗教が多くの人々にとって時代遅れの代物に思う時代は悲しい。たとえば愛する人を失った時、人はどうするであろうか。現代医学の力をもってしてもどうすることもできない。人は無力であり、ただ哀しむだけである。そして宗教、あるいは信仰によって慰めをうることができるはずである。花束で死者を悼んでも死者は甦らない、と合理的に考えても、心は癒されるはずがない。「一元論か二元論か」、この問題は古代ギリシア以来の哲学の根本問題である。養老孟司のいうように「この世に男と女がいるから二元論だ」という説には賛成できない。信仰者にとっては「まことの神」が唯一であり、一元論も誰にも否定できない。それは21世紀だけの課題でなく、人類永遠の課題でもある。

梅雨の思い出

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   小学生の頃、絵が上手だと先生に認められて職員室の前の掲示板にイラストを描かせてもらったことがある。ハリキッてかいた。6月だったので、カエルをたくさんかいて「カエルの合唱」だった。もちろんほめられた。だが人は半世紀たつと能力は衰える。朝近くの市役所に行くと水道週間のポスターが飾っている。どれも稚拙だが元気いっぱいの絵だ。いろいろアイデアを工夫して、楽しそうだ。下手でいいから根気と集中力、そして描く楽しさを取り戻したい。戯れにむかしを思い出し描く。出来上がりはへタッピーだった。

   それでも画材はスワン・スタビロというドイツ製の高級水彩色鉛筆を使っている。そうは見えないだろうが、池のところを筆に水を含ませて広げて、水の透明感を表現している。紙は古いレポート用紙。今度はクレヨンで描いてみよう。実は使わないがパステルもある。高級な画材があってもその特長を十分に生かしきれない。

2009年6月 7日 (日)

本日の食事

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帽子と少女

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   高級クッキー「チボリーナ」の缶の箱絵は深沢邦朗(1923-2009)が描く帽子を深くかぶった少女である。少しふっくらした横顔だが日本人好みの天使のようだ。正面顔が見たい。探すと見つかった。やはり美しい。

   「富士には月見草がよく似合う」というが、「少女に帽子はよく似合う」。とくに夏帽子はいい。「夏帽のリボンたがへて姉妹」という千原叡子の俳句が好きだが、これにふさわしいイラストが見つからない。いわさきちひろ、永田萌にありそうな題材だが。「よし、自分で描いてみよう」ふと、そんな絵心がわく。こんど暇があったらスーパーで売っている学童用の水彩えのぐを買ってきてメルヘン画をかいてみよう。実はケペルは日本絵本専門学校イラスト科の卒業生なのだ。

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2009年6月 6日 (土)

稲田騒動と「北の零年」

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  明治5年の5月13日(1870年6月11日)、蜂須賀家臣の過激派が、洲本の家老稲田邦稙(いなだくにたね、1855-1931)屋敷や益習館(稲田家の学問所)や稲田家臣の屋敷を襲撃し、無抵抗の者を殺戮・放火した事件が起きた。自決2人、即死15人、重傷6人、軽傷14人の被害者がでた。これを稲田騒動(庚午事変)という。

    事件のおこりは藩祖蜂須賀小六正勝(1526-1586)と稲田貞祐は義兄弟の間柄といわれ、蜂須賀氏が阿波・淡路の領主となると稲田氏は1万4500石という大名なみの知行をもらい、さらに幕府の指導もあって淡路城代に任ぜられた。いらい稲田氏は淡路米や阿波の藍を大坂に出荷して経済力をたくわえるとともに、公卿とも縁組みして地位の向上をはかった。しかし、身分は家老で、その家臣は陪臣として蜂須賀家臣団からつねに軽視されていた。幕末をむかえて公武合体派の蜂須賀氏、尊王攘夷派の稲田氏とが対立するようになると家臣団の対立も表面化する。維新後稲田家臣を士族の下の卒族に入れようとする蜂須賀側、士族編入の嘆願から新藩独立運動へとすすむ稲田側、これにたいする蜂須賀側のいかりが稲田騒動となって爆発した。稲田氏の菩提所・江国寺には、この事件でちった稲田関係者の招魂碑がある。また尊抄寺には、事件の首謀者として切腹を命ぜられた新居与一郎、小倉富三郎、平瀬伊右衛門、大村純安、多田禎吾、南竪夫、小川錦司、三木寿三郎、藤岡次郎太夫、滝直太郎ら10人の供養碑「庚午志士之碑」がたっている。稲田家旧家臣に対しては、士族となることを認めたかわりに蝦夷地開拓を命じた。稲田家の北海道静内町への移住開拓という苛酷な運命は近年、映画「北の零年」でよく知られるようになった。(参考:「兵庫県の歴史散歩」)

本日の食事

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今日は不吉な日?

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    我が国ではこの日は昔から踊りや邦楽などの芸事は6歳の6月6日から始めると上達するといわれた吉日だった。ところが映画「オーメン」以降、悪魔の子ダミアンが6月6日の6時に誕生し、頭に666の文字が隠されていて、666は獣の数字としてキリスト教では嫌われていることが知られるようになった。一般的に言っても、1、3、5などの奇数は吉数で、2、4、6などの偶数は不吉な数というのは、だいたいどの民族でも共通しているらしい。とくに6という数字はキリスト教以外にも、仏教において、「六(ろく)」は「殺人」「殺傷」、「六字(ろくじ)」は「死ぬこと」を意味する。これは南無阿弥陀仏が6文字であるためである。また三途の川の渡し賃が六文銭というのも死と係わりがあるためであろう。では不吉なこととは何か。新型インフル第二派の襲来なのか、北朝鮮の新たなる動きなのか?巨人戦に2-3と惜敗した日本ハムのダルビッシュにとっては悪魔の6回だった。6という数字は見えないところに隠れて存在するかもしれない。

2009年6月 5日 (金)

本日の食事

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空くらい地くらい

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  退職後の暇人の生活は毎日連続ドラマを見て楽しむことにしている。連続テレビ小説「つばさ」とBS朝日で放送しているKBS「空くらい地くらい」。韓国では毎日放送されるドラマを「イルイル(日日)ドラマ」という。どちらもヒロインの恋愛を中心に大勢の人物が登場し、それぞれの家族愛が描かれている。どちらのドラマの展開が気になるかというと、断然「空くらい地くらい」のほうである。NHKのほうは玉木つばさ(多部未華子)と恋人(小柳友)よりも、片想いの鈴本スーパーの気の弱い青年(三浦アキフミ)を応援したくなる。「空くらい地くらい」は地位も経済力もないがあたたかい愛情のある家庭と、経済力はあるがバラバラの家庭との対比を描きながら、明るいヒロイン・ソク・ジス(ハン・ヒョジュ)に感情移入できる。ハン・ヒョジュは「春のワルツ」よりも、自然体で等身大の現代女性をふつうに演じられたと思う。恋人チョン・ムヨン(パク・ヘジン)も好感度抜群。除隊という設定も南北の緊張や前大統領の自殺という政治的状況がありながら、ハートフル・コメディに気持ちを安らぐ、韓国大衆の気持ちがわかる。日本ドラマのユーモアには、あざとい受け狙いが感じられて、その点が物足らない。

2009年6月 4日 (木)

キャサリンからダイアナまで

Photo キティ台風(昭和24年)平井駅に押し寄せる住民

    戦後の一時期、キャサリン台風、キティ台風など台風の呼び名には女性名が付けられていた。昭和28年の6月4日から気象庁がその年の発生順に台風に番号をつけるようになったそうだ。福田恒存の「キティ颱風」という戯曲があるが、なぜかその時代背景と結びついて記憶に残りやすいものである。昭和22年のキャサリン、昭和23年のアイオン、昭和24年のデラ、ジュディス、キティ、昭和25年のジェーン、昭和26年のルース、昭和27年のダイアナ台風等が来襲した。

本日の食事

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ルカとテオピロ

   東京都中央区にある聖路加国際病院は明治35年に設立され、日野原重明医師がいることで知られ、日本で最も有名な病院の一つだろう。ところで病院名の由来となったルカについてはその人物像はあまり知られていないように思う。ルカ福音書と使徒行伝の著者ということ以外には医者であったということだけである。(コロサイ4・14)

    ルカはシリアのアンティオキアで生れた。いつ、どこでキリスト教に入信したのかは明らかでない。ルカによる福音書が書かれたのは、紀元75年ごろであろう。ルカはテオピロに宛てて福音書と使徒行伝を書いた。テオピロについてもローマ人であること以外に何も分からない。ウィリアム・バークレー(1907-1978)によると次の三点を推測している。
1.テオピロは本名ではない。当時、キリスト者になることは、危険であった。テオピロは二つのギリシャ語から成っている。「神」を意味するセオスと、「愛すること」を意味するフィレインとである。
2.ティオピロはローマ政府の高官であった。ルカはテオピロに、キリスト者は善良で立派な人々であることを教えたかったのであろう。
3.医者であるルカはテオピロのお抱え医者だった。テオピロが病気で死にかけたとき、ルカは医術でテオピロの命を救った。当時の医者は奴隷であったが、テオピロはそのお礼にルカを自由にしてやった。ルカは、自分がこの恩恵をどれほど感謝しているかを何かであらわしたいと思った。ルカが持っているもので一番高価なものは、イエスの物語であった。ルカはそれを書き送った。ルカが受け取った自由への返礼として、テオピロに捧げるにふさわしい、一番大切なものだったからである。(参考:バークレー「使徒行伝」ヨルダン社、1968)

2009年6月 3日 (水)

柴田天馬「聊斎志異」と新撰組

    結城廉造は大正8年頃、満州旅行中に病気にかかり、奉天の満鉄病院に入院した。退屈なので院内にあった「読書会雑誌」を読んだ。その中に清代の怪異小説「聊斎志異」の一編の翻訳が収録されている。廉造はその浪漫性の美しい文章の虜となった。帰国して兄の結城禮一郎(1878-1939)にその話をすると、兄が主宰する玄文社から出版することになった。これが名訳で名高い柴田天馬訳の「和訳聊斎志異」の誕生である。

    結城禮一郎、廉造の父は元新撰組、甲陽鎮撫隊で活躍した結城無二三(1845-1912)である。玄文社本は好評であったが部分訳なので、昭和8年に第一書房から全訳の第一巻を刊行した。ところがこれが発禁本となり、全訳の刊行は戦後をまたなければならなかった。蒲松齢の「聊斎志異」は天下の奇書であるが、その翻訳を読めるのは一読書子が病気をした結果であり、坂本龍馬暗殺事件に係わる新撰組隊士の子息というのも面白い。

本日の食事

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2009年6月 2日 (火)

まぼろしの邪馬台国

Acd0808271107006p2 崇神天皇の大叔母で卑弥呼に擬される倭迹々日百襲姫命を葬った箸墓古墳(奈良県桜井市)

   むかし森繁久弥が盲目の作家・宮崎康平(1917-1980)を舞台で演じていたのをテレビで見た記憶がある。最近も竹中直人・吉永小百合で映画化されているらしい。ところで火野葦平(1907-1960)の短編小説「島原半島」(昭和28年4月別冊文芸春秋32号)を読んでいると、島原半島を愛した盲目の詩人・鳥井浩一は宮崎康平をモデルにしているように思える。二人は「九州文学」を通じて知り合いになった。「まぼろしの邪馬台国」はベストセラーとなり一時期、九州邪馬台国説が優勢であるかに思えたが、近年の考古学的調査により、奈良県の箸墓古墳が卑弥呼の墓であることがきわめて有力となりつつある。先日、国立歴史民俗博物館では放射性炭素による年代測定法に独自のデータによって補正を加えた結果、箸墓古墳が築造されたのは、西暦240~260年頃とする結果を発表した。これは247年に死亡したと推定される卑弥呼の死亡時期と合致する。春城秀爾は、卑弥呼は生前に築造を始め、死亡時に大部分は完成していたと推測している。

本日の食事

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2009年6月 1日 (月)

本日の食事

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ひとまず安心

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    新型インフルエンザの感染で休校していた兵庫県の神戸高校と兵庫高校も今日から授業を再開するそうだ。神戸市が「ひとまず安心宣言」をだし、少しずつ普段の生活も戻りつつある。それでも山梨県笛吹市では新型感染者が確認されたというニュースがあった。やはり油断は禁物。この地球上で拡大している限り、世界は一つになっている現代、日本だけが感染しないという保障はどこにもないのだから。昨日は日曜日で「女性の書斎」も男性が入館できる日である。一日をご夫婦で読書をしながら過ごされる方がいて、いいもんですね。また辞めた市役所の方が偶然近所に住んでいるらしくて来館された。わずか2ヵ月会わなかっただけなのにとても懐かしい感じがする。やはり過去が恋しくないといえば嘘になるのだろう。平手造酒の気持ちがよくわかる。

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