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2009年6月30日 (火)

空くらい地くらい

   「つばさ」は午前8時15分からだが、実はBSハイビジョンでは7時30分から見ることができる。朝の用事の都合で7時30分に見る習慣がついた。「つばさ」は、一週間ごとにメインの話が変わる。今週は大衆演劇。どうやらおばあちゃんの初恋話のようだ。そうして登場人物の挿話は毎回くりひろげられるのだが、ヒロインと翔太との恋がなかなか進まない。連続ドラマの醍醐味はヒロインが運命にもてあそばれながらも懸命に生き抜くさまにあるとおもうのだがそれがでてこない。そしてヒロインの人間的成長がみえてこない。
    一方の韓国ドラマ「空くらい地くらい」は3組ほどのカップルが毎回10分程度進展していくが、ほぼ同時進行。それらが複雑にからんでいく。でもやはり主役のジス(ハン・ヒョジュ)とムヨン(パク・ヘジン)の恋の行方がきっちりと描かれている。ジスが恋のキューピッドとなり結ばれるソク・ジョンフン(ホン・ヨソプ)とミョンジュ(ユン・へヨン)の14歳、年齢差カップルもステキです。これから劇中結婚式も見れそう。とくにジス父親役のホン・ヨソプさんの知的で物静かな品格ある態度は、中年男性のお手本になります。韓国人がますます好きになりそうです。

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    今日視聴した回は家出したムヨンがソウルから汽車にのって堤川(チェチョン)へ母をさがして三千里。韓流新王子様のパク・ヘジンくん、まさに貴種流離譚を女性視聴者につよく意識させる。「冬のソナタ」のヨン様もそんなシーンがあった。釣り場で働いているという噂をたよりに探し歩くがなかなか見つからない。ウナには電話で釜山へ行くと嘘をついていたのだろう。地図で調べたら堤川はソウルからそんなに遠くはないところだった。韓国ドラマで地理の勉強をしよう。

2009年6月28日 (日)

モーニング娘。ぶらり駅名の旅

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   むかし柳亭痴楽は駅名をもじって、「恋の山手線」という新作落語を作ったそうな。いまはモーニング娘の名前と同名の駅名を探して、全国の旅に出かけてみよう!

    中澤裕子・中沢駅(青森県青森市)、安倍なつみ・安倍川駅(静岡県静岡市)、福田明日香・福田町駅(宮城県仙台市)、飯田圭織・飯田駅(長野県飯田市)、保田圭・保田駅(千葉県安房郡)、矢口真里・矢口渡駅(東京都大田区)、後藤真希・後藤駅(鳥取県米子市)、石川梨華・石川駅(青森県弘前市)、吉澤ひとみ・吉沢駅(秋田県由利本荘市)、辻希美・辻駅(徳島県三好市)、高橋愛・高橋駅(佐賀県武雄市)、小川麻琴・小川駅(熊本県宇城市)、田中れいな・田中駅(長野県東御市)、亀井絵里・亀井駅(熊本県熊本市)、道重さゆみ・道重駅(富山県高岡市、加越能鉄道バス)、久住小春・久住駅(千葉県成田市)、石黒彩・東石黒駅(富山県南砺市)

    見つから無かった駅名は、ジュンジュン駅、リンリン駅、加護駅、新垣駅、市井駅、紺野駅、藤本駅、光井駅。ネットで調べると、モーニング娘の名前を使った架空の駅名があってだまされた。:芸能人と同じ名の駅名に人気があってチョットしたブームだが、アイドルファンと鉄道マニアが合体して楽しんでいるのだろう。遊び心で地理のお勉強にもなり、いいんじゃない。

2009年6月26日 (金)

ある愛の詩

Img 1982年撮影の「スクリーン」掲載写真

愛とは、決して後悔しないことです

Love means never having to say you're sorry.   

   マイケル・ジャクソン死去のニュースと同日夕刊にはがん闘病中のファラ・フォーセット死去の悲報があった。ファラとライアン・オニールとの長い交際は知られていたが、最近二人は正式に結婚することが明らかになったばかりだった。マイケル・ジャクソンはライアン・オニールの娘テータム・オニールとも交際の噂があったし、1970年代から80年代にかけてはハリウッドのゴシップを賑わしていたスターたちだ。だが、マイケル・ジャクソン、ライアン・オニール、テータム・オニールと華麗なスターたちも近年はスキャンダルばかりで、われわれの青春の思いでも色褪せて過ぎていくという感がある。
   ファラ・フォーセットはマイケルと同日死亡のため訃報記事の扱いが小さいが、まちがいなく80年代アメリカのセックス・シンボルだった。マリリン・モンロー、キム・ノバク、ラクウェル・ウェルチ、ファラ・フォーセット、シャロン・ストーン、キャメロン・ディアスと続く。1976年から始まったTVシリーズ「チャーリーズ・エンジェル」の初代エンジェルの一人。水着姿のポスターが1200万枚売るほどの人気だった。初代エンジェルはファラ・フォーセット(中村晃子)、ケイト・ジャクソン(高林由紀子)、ジャクリン・スミス(上田みゆき)の三人。真っ白い歯とボリューム豊かなヘアとスレンダーなボディが魅力的だった。私生活ではリー・メジャーズと別れたあと、1980年ころからライアン・オニールとの交際は常に映画雑誌で知っていたが、30年のちも恋多き二人が連れ添っていたとはハリウッド・ラブストリーもいいもんだ。一方のライアン・オニール。若い頃、ミア・ファーロー(「ローズマリーの赤ちゃん」)、ババーラ・パーキンス(「哀愁の花びら」)、ジョアンナ・ムーア(「黒い罠」)、リー・テーラー・ヤング(「悪女のたわむれ」)ら有名女優ばかりとの交際は華麗だ。それも昔の話になった。彼も現在は慢性白血病という。おもえば「ある愛の詩」のライアン・オニールはハリウッドを代表する青春スターだったが、なにかしら時の流れを感じさせる。

2009年6月24日 (水)

天下無双の槍の名人、俵星玄蕃

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    吉良家にほど近い本所横網町に宝蔵院流の槍を取っては天下無双といわれた俵星玄蕃が住んでいた。玄蕃はたびたび屋台の夜なきそばを食いにいく。そば屋の当たり屋十助という男、どうやら武士のようだ。あるとき、玄蕃が吉良の付人として仕官を勧められる。だが赤穂の浪人たちに深く同情を寄せていた玄蕃はこの申し出を断わる。さて討入り当夜、義を重んじる玄蕃は赤穂浪士を助けようと槍を持って吉良邸へ行くと、夜なきそば屋の十助がいたので驚き、いままでの非礼を詫び吉良邸の外を警戒して本懐達成に協力したといわれる。十助は杉野十平次次房といい、享年28歳であった。俵星玄蕃は講談や浪曲でお馴染みではあるが、もちろん架空の人物。映画では、大正3年「俵星玄蕃」では尾上松之助、大正9年「俵星玄蕃」嵐璃徳、昭和2年「俵星玄蕃」尾上紋十郎、昭和3年「俵星玄蕃」(日活)尾上多見太郎が演じている。戦後では昭和34年の「血槍無双」(東映)では片岡千恵蔵、昭和37年「忠臣蔵」(東宝)では三船敏郎が演じている。
    俵星玄蕃のモデルとして考えられる人物として、大石無人(1627-1712)がいる。大石内蔵助の遠縁にあたり、赤穂浅野采女正長重に仕えたが浪人し、寛文6年(1666年)から江戸に住んだ。堀部弥兵衛と親しく、義挙参加を申し出たが、主家を退去したのは昔のこと、今は子にかかっている身分、と忠告されて思いとどまっている。長男郷右衛門良麿、次男三平と共に義を好み、討入りの時は三平と吉良邸の外で警戒にあたった。この故事から、明治期の講釈師が俵星玄蕃を創作したと考えられる。

2009年6月23日 (火)

大役を逃したスターたち

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   1992年頃、ロンドンでは、若きシェイクスピアと彼を信奉する貴族の娘ヴァイオラとの恋愛映画を企画していた。配役には「プリティ・ウーマン」のジュリア・ロバーツに決定した。ところがクランクイン1ヵ月前になってジュリアがドタキャンした。製作者側は面白い企画だけになんとか映画化したいと6年の歳月をかけて、売り出し中の女優のグィネス・パルトローを見つけた。これが「恋におちたシェイクスピア」(1998年)である。ブラピと婚約解消した彼女は、この映画でアカデミー主演女優賞を獲得した。

    映画の大役を逃したという話は過去にもたくさんある。ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン共演の永遠のラブ・ストーリー「カサブランカ」(1943年)。キャストは最初リックはロナルド・レーガン、イルサはアン・シェリダンだった。ついでジョージ・ラフトとヘディ・ラマーのコンビになった。ところが当時ギャング映画の大スターだったラフトは「レーガンごときが断わった役を俺がやれるか」と断わってしまった。それで当時は悪役からようやく主役をやりはじめたボギーに白羽の矢が立った。相手役もスウェーデンからハリウッドに招かれたものの決定打のなかったバーグマンがイルサを射止めた。ボギーもバーグマンもこの映画がのちにこんなに名作になるとは思ってもいなかった。戦時中のこともあって、時局的に自由を讃美する内容もすばらしく、アカデミー賞では、作品賞・監督賞・脚本賞が与えられた。映画の魅力は共演したハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンの二人であるのに受賞はなかった。主題歌「時の過ぎゆくまま」も、今も歌い継がれている最高のラブソングだ。「僕達にはパリの想い出がある。君の瞳に乾杯!」

キッズ・スターは大成しない?

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    むかしから芸能界には「子役あがりは大成しない」というジンクスがある。(もちろん日本には高峰秀子、美空ひばり、中村メイコという例外もあるが…)。ハリウッドでもジャッキー・クーガン、ミッキー・ルーニー、マーガレット・オブライエンなど名子役たちも大成したスターとはいえない。「ホーム・アローン」のマコーリー・カルキンや「ターミネーター2」のエドワード・ファーロングたちも100万ドルスターといわれたが今はどうだろう。30歳を過ぎたところなので、これからが正念場だが前途にはかなり厳しいものがある。テレビでよく再放送される映画はいつも彼らの古い作品でいつまでも少年のままなので、新作を見るとまず驚きが先にくるだろう。そういう意味ではジョディー・フォスターとレオナルド・デカプリオは、成長ぶりを見続けているので別格スター級だろうか。ジョディは3歳からTVのCMにでていたが14歳のとき映画「タクシードラバー」の少女娼婦役で世界のスターとなった。デカプリオも14歳のころからCMに出演し、TVの「愉快なシーバー家」でティーンのアイドルとなった。そんなデイカプリオもいまや35歳。新作はなんとマーティン・スコセッシ監督の「シナトラ」。彼はこの役をとるためボーカル・コーチを雇ってトレーニングを始めたという。いくらなんでもシナトラばりの声がすぐに出るとも思われないが、「子役あがり」がスターを維持していくためには、数倍の努力と精進が必要なのだろう。

2009年6月22日 (月)

若き日の真田幸村

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    戦国の世にあって真田氏の周りには織田、徳川、北条と強敵揃いで、真田昌幸(1545-1609)はその間隙をぬって生きねばならなかった。昌幸は北条氏直に好誼を通じ、その一方で織田信長に名馬を贈ったりして臣従を誓った。信長が本能寺にて自害すると、昌幸は北条氏に従属する態度を鮮明にした。ところが9月になると昌幸はその北条氏を見限り、徳川家康につくのである。しかし家康は真田氏が支配している沼田城を、北条氏に引き渡すように命じた。昌幸は家康のこの命令をはねつけ、越後の上杉景勝に和を乞い、二男の幸村(1569-1615)を人質に差し出すことにした。
    天正13年閏8月、真田幸村は上杉領の海津城へと赴いた。天正14年、昌幸は景勝の上洛の留守中に、幸村を越後の春日山城から呼び戻すと、豊臣秀吉の許へ人質として送った。これを知った景勝は怒った。さっそく秀吉に幸村を返してくれるように願ったが、秀吉は聞き入れなかった。その後秀吉は、北条氏を亡ぼす小田原征伐で、豊臣勢として参陣してきた昌幸・信之父兄の許へ、幸村に部下までつけて返してやるのだ。幸村が専属の部下を持って合戦にのぞんだ最初であった。幸村もすでに24歳になっていた。真田家存亡を賭して人質となった若き日の幸村の姿であった。

2009年6月18日 (木)

人生の坂道

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 道は登り坂でしょうか、どこまでも。
 そうです、最後の最後まで。
 旅はまるまる一日かかるのでしょうか。
 そうです、明け方から夜中までも、友よ。

   どんなひとの人生も坂道をのぼるようなものだろう。男も、女も、金持ちも貧乏人も、資本家も労働者も。現代社会は物質にめぐまれ、とりあえず餓死する人は我が国では稀である。(もちろんさまざまな事情で餓死する人もいる)だがすべての人が幸せかというとそうでもない。かなりストレスが多い社会だ。孤独に悩んでいる人も多い。崩壊する家庭もある。勤め先の企業で問題をかかえている人もいる。エピクロスは霊魂を騒がせる一切のものを排除しようと努め、まず公共の生活から引きこもることを説いている。エピキュリアンといえば人は快楽主義者と捉えているが、快(ヘドネ)こそが幸福な人生の出発点であり到達点である。

2009年6月17日 (水)

愛とサラン

   NHK連続テレビ小説「つばさ」の一場面。「ラジオぽてと」の建物はもとは映画館だ。カラオケ大会の会場にするため万理の父親・泰典(金田明夫)が歌いながらやって来た。ヘルメットには「愛」の文字。カラオケ大会のテーマは「愛」だ。

    3時から「天くらい地くらい」を見ているとジス父とミョンジャの結婚話で大騒動になる。スニムは後妻で年の離れた夫に先立たれ苦労したため猛反対。だがミョンジャの愛も一途だ。「相手の看護のために一生終ってもくいはない」という。「ナイチンゲールか?」「いや、それがサランだ」やはり韓国語で「サラン」という言葉は決め台詞なのだ。「つばさ」の「愛」の歌のオン・パレードがいかにも安っぽく聞える。「天くらい地くらい」の登場人物はそれぞれの立場で必死なのが伝わる。サンヒョンが離婚話を切り出したのも驚かされる。真面目で一途な性格だけに思いつめると結論は早い。わがままだが可愛いウンジュだけに男性視聴者からするともったいない気がする。ウンジュも反省しているみたいだし。韓国の男性は日本の男性よりも男っぽいのだろう。それと伝統行事や礼儀作法にやかましいようだ。日本と韓国のドラマを平行して毎日見ていると、似ているようで、異なる点も多い。感情表現がストレートな韓国だけにドラマ的に迫力がある。

  ドラマ終盤になってやっとジス(ハン・ヒョジュ)が登場。宣伝のスチールでは中央にいるが、どうも出番が少ない。人気があり番組をかけもちしていて忙しいのかもしれない。ともかくムヨンとウナが仲良く映画デートしたので不機嫌なのだ。ムヨンは「やきもちやくのはおかしい」という。ジスは「そんなことで大学にいけるのか」と心配する。どうも二人のツンデレになりそう。ツンデレは面白い。一方のつばさは入院中の翔太とラブラブ。ラブラブは見ていてあまり面白くない。ライバル万理も早くも撤退したのもツマラナイ。吉田桂子の出番が少ないのも残念だ。今後新たな障害が二人にあるだろうがもっと意外な展開を期待したい。「つばさ」はヒロインと翔太の話が進展しないと視聴率があがらないだろう。

2009年6月16日 (火)

青春の哀しみ(啄木歌集 三首)

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  己が名をほのかに呼びて
  涙せし
  十四の春にかへる術なし

  教室の窓より遁げて
  ただ一人
  かの城址に寝に行きしかな

  潮かをる北の浜辺の
  砂山のかの浜薔薇よ
  今年も咲けるや

   かつて桑原武夫が「日本民族の青春」という一文を書いている。「石川啄木をもちえたことは古今を通じて日本文学の大きな誇りである。鴎外、漱石、藤村等の偉大な存在にもかかわらず、もし一人の啄木がなかったならば、明治文学いな日本近代文学には深く欠けるところのものがあったであろう。青春。日本民族は、古来つねにおおわれていたその美しい青春を、この天才のうちに一挙に開花せしめたといえる。」(啄木全集広告文)

2009年6月15日 (月)

「つばさ」と「空くらい地くらい」

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    退職後の気楽な人生。毎日ドラマ「つばさ」と「空くらい地くらい」を欠かさず見ているが、やはり韓国ドラマにハマってしまう。サンヒョン(イ・ジュヒョン)とウンジュ(カン・ジョンファ)は離婚するのだろうか?ジス父(ホン・ヨソブ)とミョンジュ(ユン・ヘヨン)は結婚するんだろうね?そしてムヨン(パク・ヘジン)とジス(ハン・ヒョジュ)の愛の行方は?ウナ(ホン・スア)はどうなる。御覧になっていない方は何のことやらさっぱりわからないでしょうが…。ところでこのドラマで一番の見所は韓国のおばちゃんです。スニムおばさん(チョン・ジェスン)とボンレおばさん(バン・ヒョジョン)のバトル合戦。まるで山岡久乃や赤木春恵といったところでしょうか。そしてボンレおばあさん、何かを隠しているようで…実はお金持ちみたい。今日見た回でなんとなくそんな予感がします。あらすじは見ないで楽しみにしています。スニム(ミョンジャの継母)役のチョン・ジェスン、どこか見覚えがあると思っていたら、チェ・ジウ主演の「真実」ではヒョヌ(リュ・シウォン)の母親役で出演していた。

   それにしても我らのハン・ヒョジュちゃんの出番の少ないこと。今韓国で放送中のドラマも好評のようで、ハン・ヒョジュは活気に満ちた明るい女性(白い歯を見せる笑顔が魅力だから)のほうが、ウニョンのような悲しい役より適役ですね。それにひきかえ、多部未華子が魅力を発揮できず沈没したことが残念でならない。
    16日放送分。ジス父がついにプロポーズした。ウンジュが夫の実家で一泊。トイレにビデがないことから夜中に帰宅。なにやら危険な雲行きになってきた。わがままな女性かも知れないが、帰宅の理由がいかにも現代女性らしくて上手い。「つばさ」は向田邦子を意識したというわりには、あまり女性心理が細やかに描けているようには感じられない。演出家や脚本家たちは「寺内貫太郎一家」を子供時代に見て、それが向田邦子風だと誤解して「つばさ」を制作しているのではないか。連続テレビ小説ならば「小説」らしく、登場人物が毎週現われては消えていくのではなく(斉藤由貴、石橋蓮司、太川陽介など)、レギュラー陣と相互に関係して、大団円に向かうきめ細かい構成が大切だ。「つばさ」はギャグも笑えないし、コメディーにもなっていないし、人情劇にもなっていない。いまNHKは民放風をめざしているようだが、「つばさ」はその傾向の悪例となってしまった。NHK関係者は「空くらい地くらい」を見て学ぶべし。

俳人の偽装死

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 野に死なば 野を見て思へ 草の花

 娑婆にひとり 淋しさ思へ 置き火鉢

    蕉門十哲の一人、各務支考(1665-1731)は死んだふりをして、生前葬をしたことで知られる。「オレが死んだら世間の奴らは、オレのことを何というか、知りたいものだ」と妙な気を起こし、宝永8年(1711)死んだと偽って、弟子たちの名で追善句集まで出させ、その後は弟子の名に仮託して論敵をやっつけなお十数年も生きのびたという。死んだふりをすることを「佯死(ようし)」というが、今では偽装死というほうが一般的にわかりやすいだろう。

2009年6月14日 (日)

愛と恋

   NHK大河ドラマ「天地人」で直江兼続の愛の前立てがよく話題になっている。この愛の意味は、愛染明王若しくは愛宕権現の頭文字から取ったものであるのか、仁愛の意味が含まれているのか謎であるが、戦国時代思潮を考えると、たいへんに興味深いところである。ある調査によれば、現代でも「愛」はもっとも好まれる漢字一文字だそうだ。ところで「愛」と「恋」のちがいは何か。英語では、loveの概念に区別はない。ウィキペディアによれば、恋が一方的な思慕の情を指すのに対して愛は常に相手の立場を思いやる心遣いだという。高校生がガールフレンドとの三角関係のトラブルで亡くなるという痛ましい事件があったが、「彼女を守る」という一方的な思い込みは時として暴走することがある。純愛ブームというものもドラマの中だけならよいが、現実社会においてはたえず危険が伴うものである。土曜日の朝日新聞の人生相談に「教え子の女性が恋しいんです」という40代の高校教師の悩みが掲載されている。回答者の作家・車谷長吉さんは「世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生した時に始まった、と考えるが、実はそうではない。生が破綻した時に、はじめて人生が始まる。あなたは自分の生が破綻することを恐れている。恐れずに、仕事も家庭も失ってみたら」という、大胆な回答をされている。どうも相談者が本当に悩んでいるのか怪しげな記事なのだが、回答が回答だけに読物としては面白い。ただし、これで人生相談として成立するのだろうか。回答者は、この世の地獄を見て成功した人だからよいが、だれにでも適用できるとはとても思えない。やはり、現代社会に正しい指針がないのだろう。「バカの壁」を取り払ってしまうと、固定観念がなくて、自由な意見はよいが、その結末は恐ろしい。聖書であれば、先ず姦淫は否定されるので、教師が教え子に恋するだけでもいけないことであろう。ドラマ「高校教師」では「あの頃の僕達二人の関係は、一体何と呼べば良かったのだろうね。恋と呼んだら、きっと君は怒っただろう。けれど、愛と呼ぶには僕達はまだ、余りにも幼すぎたんだ」とある。ドラマの結末は忘れたが不幸なものだったような記憶がある。

2009年6月11日 (木)

神に対して富む

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  「美しさはうつろい、美しさは過ぎ去る」と、詩人ウォルター・デラメアは言っています。4月1日、お別れにいただいた胡蝶蘭の花も散ってしまいました。うせゆくのは花の美しさだけではありません。会社、組織も100年たてばほとんど滅びます。国家の体制も200年、300年続くことは歴史的にみても稀なことです。国家や王朝、この世の体制や事物はやがて滅び、新しい民族、新しい体制に生まれかわります。ましてや一個人の財産などむなしいものです。
    ヤコブは「(富んだ人は)草木の花のように過ぎていくからです。太陽が焼けつくような暑さを伴って昇り、草木を枯らすと、その花は落ち、その外観の美しさはうせるのです。富んだ人もそれと同じように、生涯の途上で消えてゆきます」と書いています。
   イエスはある男の人のたとえ話をされました。その人はくつろいだ、楽な生活ができるように一生懸命富を蓄えました。しかし、安楽な生活を楽しむのに必要なものがすべてそろったと思った時に死んでしまいました。それでイエスは次のように警告されました。「自分のために宝をためても、神に対して富んでいない者はこうなるのです」
   「神に対して富む」 イエスはここで何を言おうとしておられるのでしょうか。この世で富んでいる人は「天に宝」を、つまり神のみ前に良い名を得ているのです。この宝は失われることはありません。

2009年6月10日 (水)

ダビデの鍵

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   イエスは「ダビデの鍵」を持っています。この「ダビデの鍵」とは何か?
   神は永遠の王国のための契約をイスラエルの王ダビデと結んだ。ダビデ王家は西暦前1070年から前607年まで繁栄を続けたが、その王国が悪に傾いたため、神の裁きが執行された。神は、「わたしはエルサレムを破滅、破滅、破滅とする。これについてもまた、それ(ダビデの家系に属する王権の笏)は法的権利を持つ者が来るまで、決してだれのものにもならない。わたしはその者にこれを必ず与える」というエゼキエルの預言を成就し始められた。それから約600年後のこと、ダビデの子孫であるユダヤ人の乙女マリアが聖霊によって妊娠した。神はみ使いガブリエルを遣わして、マリアに一人の男の子が授けられるので、その子をイエスと名づけるよう彼女に知らせた。ガブリエルはこういった。「これは偉大な者なり。至高者の子と呼ばれるでしょう。神はその父ダビデの座を彼に与え、彼は主としてヤコブの家を永久に支配するのです。そして、彼の王国に終りはありません」
   イエスは西暦29年にヨルダン川でバプテスマを受け、聖霊で油そそがれた時、ダビデの家系の指名された王となられた。そしてイエスは苦しみの杭の上で死を遂げるに至るまでご自分を低くし、こうしてダビデの王権を受け継ぐ十分の資格があることを証明された。神はイエスを不滅の霊者として復活させ、天のご自分の右に高められた。イエスはそこでダビデの王国の権利をすべて受け継がれた。そしてイエスはダビデの鍵を使って、神の王国に関連した機会や特権にあずかる道を開くことになった。(参考:「啓示の書」12章自分が持っているものをしっかり守りつづけなさい)

テトスのクレタ島への伝道の旅

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  パウロの良き伝道の協力者として知られるテトスのことについては、ギリシア人であることのほか何もわからない。ただエーゲ海の南部に浮かぶクレタ島に伝道したことは聖書「テトスへの手紙」(パウロ)によって明らかである。それによれば、クレタの人々は生まれつき好戦的、論争的な人々で、わがままで、権威に反抗的で、酒が何よりも好きだったので、テトスも伝道に苦労したようだ。しかしテトスは妥協しない。キリスト者の生活は、家庭でも、教会でも、権威に対しても、規律、従順、尊厳を求める。キリスト者として、権威を持って、キリスト者の基準をあくまで主張して伝道にあたった。「テトスへの手紙」(テトス1-15)に次のようにある。「清い人には、すべて清いのです。だが、汚れている者、信じない者には、何一つ清いものはなく、その知性も良心も汚れています。こういう者たちは、神を知っていると公言しながら、行いではそれを否定しているのです。嫌悪すべき人間で、反抗的で、一切の善い業については失格者です」神に対する信仰を弱めさせる説を提唱する者はこの21世紀も多くいる。初期の伝道者は決して妥協しなかったという事実をもっと考慮すべきことである。

2009年6月 8日 (月)

現代人にとって神は不要なのか?

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    現代は原子力の時代、宇宙開発の時代といわれ、もはや神の存在は不要になったのであろうか。そんな疑問をいだかせる本が「バカの壁」である。平成15年に出版され400万部という大ベストセラー「バカの壁」を遅まきながら読む。養老孟司は次のようにいう。「私の考え方は、簡単に言えば二元論に集約されます。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教は、結局、一元論の宗教です。一元論の欠点というものを、世界は、この150年で、嫌というほどたたき込まれてきたはずです。だから、21世紀こそは、一元論の世界にはならないでほしいのです。男がいれば女もいる、でいいわけです」

   おそらく無信仰の多い日本人には養老孟司の話は受け入れやすいだろう。とくにキリスト教は日本では増えていない。仏教、神道といっても冠婚葬祭だけの話である。つまり養老の説は宗教、思想、哲学を研究しても無意味だという話になりかねない。ほんとうに信頼できるのは合理的に実証できる科学だけだ、といっていることと同じであろう。(データの改竄、捏造はあるが)最近の科学論(科学哲学)の世界でも「パラダイムの転換」にみられるように、一元論ではなく、二元論、多元論が優位であることは事実である。つまり養老のスタンスは科学者の立場からはあたりまえのことを言っているにすぎない。おもえば近代科学の学者たちは、神に対する信仰を弱めさせる説を提唱してきた。ダーウィン、マルクス、ニーチェ、フロイト。文学者の魯迅も儒教が中国の近代化を遅らした弊害を厳しく批判した。20世紀マルクス主義の唯物論の大学教授は隆盛を極めたが今は空しい結果となっている。二元論、多元論が正当性があるかの如く広まっているが、神や宗教が多くの人々にとって時代遅れの代物に思う時代は悲しい。たとえば愛する人を失った時、人はどうするであろうか。現代医学の力をもってしてもどうすることもできない。人は無力であり、ただ哀しむだけである。そして宗教、あるいは信仰によって慰めをうることができるはずである。花束で死者を悼んでも死者は甦らない、と合理的に考えても、心は癒されるはずがない。「一元論か二元論か」、この問題は古代ギリシア以来の哲学の根本問題である。養老孟司のいうように「この世に男と女がいるから二元論だ」という説には賛成できない。信仰者にとっては「まことの神」が唯一であり、一元論も誰にも否定できない。それは21世紀だけの課題でなく、人類永遠の課題でもある。

梅雨の思い出

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   小学生の頃、絵が上手だと先生に認められて職員室の前の掲示板にイラストを描かせてもらったことがある。ハリキッてかいた。6月だったので、カエルをたくさんかいて「カエルの合唱」だった。もちろんほめられた。だが人は半世紀たつと能力は衰える。朝近くの市役所に行くと水道週間のポスターが飾っている。どれも稚拙だが元気いっぱいの絵だ。いろいろアイデアを工夫して、楽しそうだ。下手でいいから根気と集中力、そして描く楽しさを取り戻したい。戯れにむかしを思い出し描く。出来上がりはへタッピーだった。

   それでも画材はスワン・スタビロというドイツ製の高級水彩色鉛筆を使っている。そうは見えないだろうが、池のところを筆に水を含ませて広げて、水の透明感を表現している。紙は古いレポート用紙。今度はクレヨンで描いてみよう。実は使わないがパステルもある。高級な画材があってもその特長を十分に生かしきれない。

2009年6月 6日 (土)

稲田騒動と「北の零年」

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  明治5年の5月13日(1870年6月11日)、蜂須賀家臣の過激派が、洲本の家老稲田邦稙(いなだくにたね、1855-1931)屋敷や益習館(稲田家の学問所)や稲田家臣の屋敷を襲撃し、無抵抗の者を殺戮・放火した事件が起きた。自決2人、即死15人、重傷6人、軽傷14人の被害者がでた。これを稲田騒動(庚午事変)という。

    事件のおこりは藩祖蜂須賀小六正勝(1526-1586)と稲田貞祐は義兄弟の間柄といわれ、蜂須賀氏が阿波・淡路の領主となると稲田氏は1万4500石という大名なみの知行をもらい、さらに幕府の指導もあって淡路城代に任ぜられた。いらい稲田氏は淡路米や阿波の藍を大坂に出荷して経済力をたくわえるとともに、公卿とも縁組みして地位の向上をはかった。しかし、身分は家老で、その家臣は陪臣として蜂須賀家臣団からつねに軽視されていた。幕末をむかえて公武合体派の蜂須賀氏、尊王攘夷派の稲田氏とが対立するようになると家臣団の対立も表面化する。維新後稲田家臣を士族の下の卒族に入れようとする蜂須賀側、士族編入の嘆願から新藩独立運動へとすすむ稲田側、これにたいする蜂須賀側のいかりが稲田騒動となって爆発した。稲田氏の菩提所・江国寺には、この事件でちった稲田関係者の招魂碑がある。また尊抄寺には、事件の首謀者として切腹を命ぜられた新居与一郎、小倉富三郎、平瀬伊右衛門、大村純安、多田禎吾、南竪夫、小川錦司、三木寿三郎、藤岡次郎太夫、滝直太郎ら10人の供養碑「庚午志士之碑」がたっている。稲田家旧家臣に対しては、士族となることを認めたかわりに蝦夷地開拓を命じた。稲田家の北海道静内町への移住開拓という苛酷な運命は近年、映画「北の零年」でよく知られるようになった。(参考:「兵庫県の歴史散歩」)

2009年6月 5日 (金)

空くらい地くらい

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  退職後の暇人の生活は毎日連続ドラマを見て楽しむことにしている。連続テレビ小説「つばさ」とBS朝日で放送しているKBS「空くらい地くらい」。韓国では毎日放送されるドラマを「イルイル(日日)ドラマ」という。どちらもヒロインの恋愛を中心に大勢の人物が登場し、それぞれの家族愛が描かれている。どちらのドラマの展開が気になるかというと、断然「空くらい地くらい」のほうである。NHKのほうは玉木つばさ(多部未華子)と恋人(小柳友)よりも、片想いの鈴本スーパーの気の弱い青年(三浦アキフミ)を応援したくなる。「空くらい地くらい」は地位も経済力もないがあたたかい愛情のある家庭と、経済力はあるがバラバラの家庭との対比を描きながら、明るいヒロイン・ソク・ジス(ハン・ヒョジュ)に感情移入できる。ハン・ヒョジュは「春のワルツ」よりも、自然体で等身大の現代女性をふつうに演じられたと思う。恋人チョン・ムヨン(パク・ヘジン)も好感度抜群。除隊という設定も南北の緊張や前大統領の自殺という政治的状況がありながら、ハートフル・コメディに気持ちを安らぐ、韓国大衆の気持ちがわかる。日本ドラマのユーモアには、あざとい受け狙いが感じられて、その点が物足らない。

2009年6月 4日 (木)

ルカとテオピロ

   東京都中央区にある聖路加国際病院は明治35年に設立され、日野原重明医師がいることで知られ、日本で最も有名な病院の一つだろう。ところで病院名の由来となったルカについてはその人物像はあまり知られていないように思う。ルカ福音書と使徒行伝の著者ということ以外には医者であったということだけである。(コロサイ4・14)

    ルカはシリアのアンティオキアで生れた。いつ、どこでキリスト教に入信したのかは明らかでない。ルカによる福音書が書かれたのは、紀元75年ごろであろう。ルカはテオピロに宛てて福音書と使徒行伝を書いた。テオピロについてもローマ人であること以外に何も分からない。ウィリアム・バークレー(1907-1978)によると次の三点を推測している。
1.テオピロは本名ではない。当時、キリスト者になることは、危険であった。テオピロは二つのギリシャ語から成っている。「神」を意味するセオスと、「愛すること」を意味するフィレインとである。
2.ティオピロはローマ政府の高官であった。ルカはテオピロに、キリスト者は善良で立派な人々であることを教えたかったのであろう。
3.医者であるルカはテオピロのお抱え医者だった。テオピロが病気で死にかけたとき、ルカは医術でテオピロの命を救った。当時の医者は奴隷であったが、テオピロはそのお礼にルカを自由にしてやった。ルカは、自分がこの恩恵をどれほど感謝しているかを何かであらわしたいと思った。ルカが持っているもので一番高価なものは、イエスの物語であった。ルカはそれを書き送った。ルカが受け取った自由への返礼として、テオピロに捧げるにふさわしい、一番大切なものだったからである。(参考:バークレー「使徒行伝」ヨルダン社、1968)

2009年6月 3日 (水)

柴田天馬「聊斎志異」と新撰組

    結城廉造は大正8年頃、満州旅行中に病気にかかり、奉天の満鉄病院に入院した。退屈なので院内にあった「読書会雑誌」を読んだ。その中に清代の怪異小説「聊斎志異」の一編の翻訳が収録されている。廉造はその浪漫性の美しい文章の虜となった。帰国して兄の結城禮一郎(1878-1939)にその話をすると、兄が主宰する玄文社から出版することになった。これが名訳で名高い柴田天馬訳の「和訳聊斎志異」の誕生である。

    結城禮一郎、廉造の父は元新撰組、甲陽鎮撫隊で活躍した結城無二三(1845-1912)である。玄文社本は好評であったが部分訳なので、昭和8年に第一書房から全訳の第一巻を刊行した。ところがこれが発禁本となり、全訳の刊行は戦後をまたなければならなかった。蒲松齢の「聊斎志異」は天下の奇書であるが、その翻訳を読めるのは一読書子が病気をした結果であり、坂本龍馬暗殺事件に係わる新撰組隊士の子息というのも面白い。

2009年6月 1日 (月)

ひとまず安心

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    新型インフルエンザの感染で休校していた兵庫県の神戸高校と兵庫高校も今日から授業を再開するそうだ。神戸市が「ひとまず安心宣言」をだし、少しずつ普段の生活も戻りつつある。それでも山梨県笛吹市では新型感染者が確認されたというニュースがあった。やはり油断は禁物。この地球上で拡大している限り、世界は一つになっている現代、日本だけが感染しないという保障はどこにもないのだから。昨日は日曜日で「女性の書斎」も男性が入館できる日である。一日をご夫婦で読書をしながら過ごされる方がいて、いいもんですね。また辞めた市役所の方が偶然近所に住んでいるらしくて来館された。わずか2ヵ月会わなかっただけなのにとても懐かしい感じがする。やはり過去が恋しくないといえば嘘になるのだろう。平手造酒の気持ちがよくわかる。

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