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2009年4月14日 (火)

七難を背負いて競う春秋の五覇

   中国文明は周辺の諸民族に普及してその興起をうながすが、ときに異民族の侵入を受ける時代もある。周王朝は前770年、西夷、犬戎などの難をさけて、都を東の洛陽に移した。以後を東周と呼ぶ。周は弱体化し、諸侯は領土国家を形成し、互いに覇を争った。この同盟の盟主を覇者と呼ぶ。春秋の五覇とは、斉の桓公、晋の文公、宋の襄公、秦の穆公、楚の荘王とする説と、宋襄、秦穆を除いて、呉王夫差、越王勾践を加える説とがある。

 春秋時代のはじまりは、周の平王が洛陽に遷都した前770年とする説と、孔子が編纂した『春秋』の記録に、魯の隠公元年、つまり周の平王の在位49年に始まることから、春秋時代の開始を前722年とする説がある。

七難を(しちなんを、前770年) 背負いて競う春秋の五覇

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