漱石の初恋の女性・日根野れん
夏目漱石(1867-1916)が子規に送った手紙(明治24年7月18日付)の中に書かれた「井上眼科医院で見かけた可愛い女の子」とは日根野れん(1866-1908)のことだといわれている。(石川悌二説)
幼少期、養父・塩原昌之助に引き取られた漱石(7歳)は日根野かつとその連れ子れん(連、8歳)と同じ家に住み、一緒に小学校に通った。明治18年か19年ころ、れんは陸軍軍人・平岡周造(1860-1909)と結婚。夫の任地にしたがって東京を離れていたが、再びれんが東京に戻ったときに偶然に駿河台の井上眼科医院で漱石と再会したらしい。夏目鏡子「漱石の思い出」にも「漱石はトラホームをやんでいて、毎日のように駿河台の井上眼科にかよっていたそうです。すると始終そこで落ちあう美しい若い女の方がありました。背のすらっとした細面の美しい女、そういうふうの女が好きだとはいつも口癖に申しておりました」とある。漱石の小説の中では「文鳥」(明治41年)にも美しい幼なじみの女・日根野れんを想像するに充分な作品がある。れんは明治41年6月2日に41歳で亡くなっている。
































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