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2009年1月26日 (月)

マーク・トウェーンと旅行

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      ホッジス画  「ハックルベリー・フィンの冒険」

    ミズーリ州のフロリダに生れたマーク・トウェーン(1835-1910)、本名サミュエル・ラングホーン・クレメンスは、4歳のとき、首都ハンニバルに移った。彼は、ハンニバルの東を流れるミシシッピ川から、生涯の教訓をうけた。12歳で学校をやめ、印刷屋の小僧となった。書物が彼に無限の教育をあたえた。18歳のとき、ハンニバルをすててニューヨークへ放浪の旅に出た。やがてニューオーリンズに移り、ミシシッピ川を航行する汽船の水先案内人になった。この水先案内人の生活は、トウェーンにとっては、人生に関する大学院の研究にも等しいものであった。筆名は水先案内用語の安全水位である「深さ、2ヒロ」に由来する。

   1861年に南北戦争が始まると、南軍に参加したが、足を負傷して2週間で除隊した。トウェーンは、やがて兄とともに、ふたたび西部への放浪の旅に出た。しかし万金の夢が容易に実現しなかったトウェーンは、友人のすすめで、大衆小説を書くことになった。1866年のホノルル旅行を手はじめに、翌年には地中海や聖地に航海し、旅行中に見聞したさまざまな人間を、小説のなかにとり入れることができた。この旅行は「海外赤毛布」の出版となったが、この作品は、アメリカ文学の独立に大きな一歩を踏み出したものである。(引用文献:片岡甚太郎「玉川児童百科12」)

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