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2009年1月 5日 (月)

消えた「最後の授業」

Lastclass

    フランスの作家アルフォンス・ドーデ(1840-1897)の「最後の授業」は、かつて小学校・中学校の国語の教科書の定番教材だった。しかし、昭和56年に田中克彦から以下のような指摘がなされた。①アルザスは元々ドイツ語地帯で17世紀の30年戦争後にフランス支配下に入った②アメル先生は国語であるフランス語を話せないアルザス人にフランス語を教えるために来たので、いわば、朝鮮に日本語を国語として教えた日本人教師と同じ③ドーデはフランス語の優位を宣伝したにすぎない④フランスは第一次大戦後アルザスを奪還したが、現在にいたるまでドイツ語に近い土着語が使われている

   以上などの点から「最後の授業」は史実をゆがめた物語であり、教材としてふさわしくないと批判した(「ことばと国家」岩波新書)

   ドーデの「最後の授業」は『月曜物語』の一番初めにある物語で既に明治期から翻訳されていた。昭和2年に教科書に登場し、戦後の一時期、「最後の授業」は消えたが、昭和27年から再登場したが、昭和61年から教科書には採用されていない。つまりおおよそ30歳前後で「最後の授業」を知っている世代と知らない世代に分けられるであろう。ケペルも小学生時代に熊田ミドリ先生から教わったことを鮮明に覚えている。その頃、なんでもわからないことは質問するように指導されていたので、小学生のケペルは勇気をもって質問した。終りの部分でアメル先生が黒板に「フランスばんざい」と書き、フランツ少年はそのときアメル先生の姿がいつもより大きくみえた、とある。そこで「なぜフランツは先生の姿がいつもより大きくみたえのでしょうか?」と質問したところ、熊田先生は「いい質問ですね」と大そう感心なさった。では「わかる人」といい、優等生の山口君が答えた。そういった小学校の授業風景まで思い起こしてくれる理想的な教材なんだけど、田中克彦の意見を覆すことはできない。また戦時下、中学校の授業で皇民教育の洗礼を受けた体験の方からは、この教材になんとなく胡散臭さを感じたという人もいる。

    だがこのドーデ「最後の授業」問題は、バンナーマンの「ちびくろサンボ」を批判した事例に類似するような要素が感じられる。「ちびくろサンボ」は紆余曲折をへて現在、オリジナルな形の絵本が多くの公共図書館では開架室に並んでいる。もちろん『月曜物語』は、今日いつでも容易に読むことができる本である。ただ教科書から消えたというだけである。しかし、名作とか古典といえども、著作物には時代背景や成立事情があり、完全無欠のものなどはありえない。ほぼ50年以上もわが国の国語の教科書に登場した教材が抹殺されてしまったのであるが、国際社会の現在、むしろそういう問題点に着目して、積極的に民族や言語などの多様性を考えるために、高校生の社会科の副教材として扱うことは、若い人たちに多くの示唆を与えるものになるのではないかと考えている。いまアルザス地方の小学校ではフランス語、ドイツ語の両方をならい、EUでパスポートなしで加盟国の人々が自由に行き来できる。

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