« 帰らざる旅路 | トップページ | 目的をもって生きていこう »
連合艦隊司令長官・山本五十六(1884-1943)は新潟県長岡市、旧越後長岡藩士・高野貞吉、ミネの六男として生れた。父親が五十六歳のときだったので「五十六」と名づけられた。数字を名前にもつこの軍人は、五と六の数字の因縁にとりつかれていた。
太平洋戦争で日本海軍の敗北が決定的となったミッドウェー海戦は昭和17年6月5日、その翌年に山本五十六はラバウルで戦死し、日比谷公園で国葬にふされたのが6月5日だったのである。
名前:
メールアドレス: (ウェブ上には掲載しません)
アドレス(URL):
内容:
コメント