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2008年9月15日 (月)

鳳儀亭の密会

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    貂蝉(ちょうせん)は、羅貫中の創作上の人物であるが「三国志」随一の美女として知られる。後漢の司徒・王允のかかえていた歌妓で、歳は16歳であった。「歌妓」とは高位高官の屋敷に、歌舞をもって仕える女性である。表むきの職務は「歌舞」であるが、金で買われた女奴隷であり、実際には妾のようなことを強いられることも多かった。朝鮮のファン・ジニ、白拍子の静御前のようである。

   貂蝉の悩みは、幼いときから自分をひきとり、歌舞を習わせ実の子同様に可愛がってくれた王允が思い悩んでいる姿を毎日見ることであった。「もしお役に立つのでしたら、わたくし命もいといません」と貂蝉は言った。「天下の逆賊の董卓と養子の呂布はどちらも好色のやからゆえ、連環の計を用いようと思う」と王允は計画をめぐらした。貂蝉は董卓の妾となり、呂布の心を操つる。計画は筋書き通りに運んだ。呂布は、董卓のいる鳳儀亭の庭で貂蝉と密会した。「わたしの身は汚されてしまいました」といい、貂蝉は池に身を投げようとする。呂布は董卓を憎んで殺害する。

   吉川英治の小説「三国志」では貂蝉は呂布が出陣した隙に自殺したことになっているが、羅貫中の「三国志演義」の貂蝉は、呂布の正室厳氏とともに、呂布が死ぬまでついていったことになっている。その後、呂布は部下に裏切られて、曹操の捕虜となって縊り殺される。これを最後に、貂蝉の姿は「三国志演義」から消え、その後の消息は不明である。

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