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2008年9月28日 (日)

図書館員とエルダーホステル

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    昭和61年3月3日、大阪の中津にあるマンションの一室で4人の女性たち(豊後レイコ、森田美和、南山とよ子、林悦子)が集り、「エルダー国際交流協会」(昭和63年にはエルダーホステル協会と改称)を設立した。これが日本におけるエルダーホステルの始まりである。アメリカで始まったエルダーホステルというのは、まだ日本ではユースホステルのようには知られていないであろう。1975年にユースホステル運動と北欧のフォーク・ハイスクール(全寮制)における教育制度をヒントにニューハンプシャー州の大学で誕生した。大阪のAACに勤務していた女性司書・豊後レイコはアメリカ人から、「日本の伝統・文化についてもっと知りたいが、日本にエルダーホステルのような組織はないか」と訊ねられた。受け入れ先の団体をいろいろ探したが、社会的意義はありそうだが、コスト面で採算性が認められず、どことも尻込みをする。結局、豊後本人が駈けずり回って、米国エルダーホステルEIL本部と連絡をとりつつ、最初の日本学講座が開催された。大阪でのホームステイをはさんで京都と岡山が会場に決まった。昭和61年9月、最初のアメリカ人参加者34人が、京都(関西セミナーハウス)、岡山(ノートルダム清心女子大学)で学んだ。そして現在までに4000人を超えるアメリカ人受講者が来日している。豊後レイコは、長くCIE図書館、AACで勤務された女性司書で関西では図書館関係者の間ではよく知られた人である。情報と人、人と人とをつなぐ経験を生かして、新しい事業に退職後もチャレンジされた。インフォーメーション・スペシャリストとして図書館の専門性が問われている時代、豊後レイコさんの活躍はまことにお手本とすべきものである。(参考文献:「八八歳レイコの軌跡」ドメス出版)

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