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2008年9月21日 (日)

二列目のアイドル歌手・菅原昭子

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    東京六大学のホームラン王・木次文夫(1937-1977)が巨人軍に入団したのは昭和35年のことだった。長嶋茂雄が2年前、王貞治は前年に入団している。木次は川上哲治が引退した一塁を埋めるべく入団したONとともに期待の大型新人であった。だが同じ一塁を守る王は入団3年目にして17本塁打を打ち、レギュラーポジションを不動のものとした。王との争いに敗れた木次は昭和37年に国鉄に移籍、活躍することなく同年引退している。

    画像の写真はお馴染みの花の中三トリオと藤正樹。ところが左に見知らぬ美少女歌手が写っている。菅原昭子である。昭和47年の「スター誕生」秋田大会で桜田淳子とともに合格、翌年には「十七才の行進曲」でデビューしている。赤いブレザーにミニスカートでバトンを回していた美少女歌手といえばご記憶の方もあるかもしれない。いまネットで菅原昭子の歌で「花嫁」を聴くことができた。さわやかな声とあたたかみのあるていねいな歌い方に好感がもてる。彼女も山口百恵や桜田淳子の陰で泣いた女性歌手といえるだろう。

   スポーツ界や芸能界は実力勝負の競争社会である。だがおそらく木次文夫にしても菅原昭子にしても打力や歌唱力はライバルに決して劣るものではなかった。ただチャンスと運に恵まれなかったことは明らかである。いまでも菅原昭子の「花嫁」がネットで聴けるというのは、おそらくこれを佳品と評価する人がいるからであろう。敗者にも一定の評価を与える奥深さがあって良いと思う。

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コメント

菅原昭子さん、懐かしいです。バトンが得意でした。
「青春の別れは美しい」という歌詞の歌は、何でしたっけ、「青春行進曲」でしたっけ。バトンをやりながら歌ってましたねえ。

菅原昭子さんは同じ町内会でした。写真で見る以上にキュートで、4つ下の私にはとても大人の女性にも見えました。オカーサンがレコードを販売に戸別訪問していたのを思い出します。桜田淳子さんが同期でいなければ、またその後の彼女の歌手人生も変わったかもしれません。たらればは禁物といいますが、それを思うのも人生の楽しみではないかと思います。もう、40年お会いしていません。間もなく還暦か。

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