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2008年7月27日 (日)

川は流れる

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 病葉(わくらば)を 今日も浮かべて

 街の谷 川は流れる

   沖縄出身の美少女歌手・仲宗根美樹が歌う「川は流れる」(昭和36年、作詞・横井弘)は「雨の花園」のB面だった。それにしても、いい歌詞だ。当時は歌い出しの「わくらば」が何か知らないで聞いていたが。広辞苑によると「②病葉。病気におかされた葉。また、色づきすがれた葉」だそうだ。

   「川はどこから流れる」という素朴な疑問は、誰しももつように思われる。「雨水が川に水を供給している」というだけでは、単なる思いつきの答えでしかない。川に直接注ぎ込む雨水の量は、海に流れこんでいる水量の半分にも満たない。じつは、川の水の大半は地下水と、雪と氷の解けたものである。そして、日照さえあれば、山の氷河や万年雪は一年中解けつづける。

    湖や川が、いかに大きなものに見えても、それらは、地球上に存在する水のきわめてわずかな部分を占めているにすぎない。淡水の大部分は極地方の万年氷や氷河として、あるいは地下水として蓄えられていることは、あまり気がついていない。

    われわれは淡水と塩水とを区別している。これは、人間が淡水を必要としている。淡水も塩水も大きな水の循環のなかの一時的な状態にすぎない。海は巨大な量の塩水を蓄えている。この塩水と淡水との間には絶えず交流がある。太陽は海や、湖や、池、あるいはふつうの家の庭にある小さな水盤まで、あらゆる種類の水面から水を蒸発させている。水蒸気が雲になると、初めてそれが人間の目に見える。雲は雨や雪を地上に降らせる。また、蒸発した水蒸気は、わたしたちの気づかぬままに、露や霧となってさまざまな道すじをたどって大地にもどる。(参考文献:「すばらしい自然」リーダーズ・ダイジェスト)

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