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2008年7月17日 (木)

好太王は仁徳天皇か?

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                空から見た仁徳天皇陵

    「徒然草」52段「仁和寺にある法師」には、石清水八幡宮に参ったお坊さんが、山のふもとの寺社だけ見て、これが石清水八幡宮だと思い込み、山上にある肝心の八幡宮を拝まずに帰った話がある。ところで平安時代から鎌倉時代にかけては八幡信仰が盛んだったようだ。八幡神とは応神天皇のことである。応神天皇はあの三韓征伐説話で知られる神功皇后の皇子。好太王碑にみえる帯方郡に出兵して死んだ。八幡宮はそのために創建されたもので、弓を祭るともいう。(八幡太郎・源義家が弓の名人で、以来、八幡神は源氏の守護神となった)

    先週、NHKで放送されているペ・ヨンジュン主演の韓国ドラマ「太王四神記」を見ていると、高句麗が百済へ出兵している。この頃、倭も出兵しているらしいが、詳しいことは謎である。岡山大学の小林恵子の説によると、応神天皇の子である仁徳天皇は実は好太王であったという。(「広開土王と倭の五王」文藝春秋)つまりタムドク(ペ・ヨンジュン)は日本に降臨して天皇になったというのだ。6月、ヨン様は大阪に来日したとき、仁徳天皇陵をご覧になったのだろうか。

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