顔徴在
孔子(前552年ー前479年)の母は顔氏の娘で、徴在といった。顔氏は、特別の由緒のある家柄ではなくて、ごく普通の無名の家であったらしい。叔梁紇と顔徴在の結婚はどうやら正式の婚姻関係ではなかった。孔子は庶子(妾の子)だった。ただし、嫡子(正妻の子)、庶子とはっきり区別するのは、ずっと後代の道徳観であり、ほとんど問題なく孔子は育った。
孔子はすでに老年であった父が亡くなったので、若い母・顔徴在によって育てられた。孔子の生きる道は、神さまにおそなえ物をささげるまねごとをすることで始まったというから、母から教わったのであろう。しかし、その母も孔子が24歳のとき、紀元前526年に亡くなっている。孔子の弟子、顔淵(顔回)は母方の一族かもしれない。
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