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2008年6月23日 (月)

平安時代のメタボリック・シンドローム

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   今年から健康診断でウエスト回りが測定されるようになった。男性の場合85cm以上、女性の場合90cm以上、加えて高脂血糖、高血圧、糖尿病の3つに診断基準が設けられ、それらの項目の内2つ以上該当するとメタボリック・シンドロームと診断される。メタボに診断されると、生活習慣秒を改善する指導が行なわれ、食事療法や運動療法がなされる。しかし肥満改善は平安時代にもあった。宇治拾遺物語に次のような話が残っている。

   今はもう昔の話、三条中納言なる人がいた。三条大臣の六男にあたり、学問は出来るし、唐の事も、こちらの事も、何でも知っているか、と思えば、気立てもよく、肝っ玉は太いし、押しの強いところもあり、笙の笛を見事に吹き、背は高く、ただ、まことによく太った人ではあった。太りに太った挙句、どうにも苦しくてたまらぬ程に肥えてしまったものだから、医者の重秀を呼び、「こう無茶苦茶に太ってしまったけれど、いったいどうすれば良いんだ。立ったり、坐ったりするのにも、身が重くて、たいへんな苦労だ」重秀は、「冬は湯漬け、夏は水漬けにして、御飯を食べてごらんなさい」と、栄養指導をした。三条中納言は、処方通りに、食事をしたのだが、変わりなく肥え太ったままなので、また重秀を呼び、「言われる通りにしてみたけれど、何の効果もない。ここで、その水飯を、食べて見せようか」と言って、家来を呼ぶと、侍一人来た。「いつものように、水飯を作って、持って来い」と命じ、しばらくすると、一対の食卓はこばれ、見ると、食卓の一方には、食事の用意整っていて、中納言の前に置かれた。

   食卓には、まず箸の台だけが置いてあり、食器類が捧げ持って来られ、給仕役がそれを台に置いた。見たところ、食器には、白い干瓜(ほしうり)、3寸くらいに切ったもの10切ほど、酢鮎の大ぶりで幅のあるものを、尾と頭、押し重ねるようにして、30尾ほど、それぞれ盛りつけてあった。大きな金椀も添えられ、以上のものを全部を、食卓に並べたところで、もう一人の侍、大きい銀製の提(ひさげ)に、これまた銀の匙を立てて、重そうに持って来た。中納言、金椀を差し出すと、家来、匙で御飯をすくい、高く盛りあげ、そこに水をほんの少し注ぐ、と、中納言、食卓引きよせ、金椀をとったのだけれど、大きな金椀と思えたのに、かくも太った中納言が持つと、そう不釣合いにも見えなかったのだ。千瓜を、3つに食い切って、56切れ、次に鮎を、2つにん食い切って、56尾ほど、いともあっさり食べてしまうと、今度は、水飯の金椀をとり、二度ほど箸でかき回したかと思っていると、もう御飯は、すっかりなくなってしまい、すぐ、「もう一杯」と、金椀を差し出した。これを二度三度繰り返すと、提も空になってしまい、そうすると、また代りを持って来るものだから、重秀。この有様を見るにつけ、「いくら水飯を主にして食べると言ったところで、この調子では、とうてい肥満の直るはずもない」と、逃げ帰ってしまった。その後、中納言、まるで相撲取りのように、ますます肥え太ってしまったのだそうだ。

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