トマス・モアの処刑
『ユートピア』
バーゼル、フローべン書店刊 1518年11月
理想社会のことを「ユートピア」というが、それはイギリスの政治家で思想家トマス・モア(1478-1535)の造語であることはよく知られている。「ウ・トポス」(どこにも・ない)という二つのギリシア語を組み合わせてつくったものだ。『ユートピア』は1516年12月、現在のベルギーのレウフェン(フランス語でルーヴァン)で刊行された。原題は「最良の社会体制ならびにユートピア新島について。いとも著名にして、雄弁なるトマス・モアによる、機知に富むばかりか、効能もある、真の黄金の書物」という、ずいぶん長いタイトルのもので、ラテン語で書かれている。ユートピア新島は架空の島ということにはなっているが、読者にはイギリスを連想させる。モア自身と彼の友人ヒレス、それに架空のアメリゴ・ヴェスプッチの航海に同行した学者ヒュトロダエウスという3人の対話という形で物語は進む。ユートピアの島民は、農業と手工業を2年交代で兼務する自給自足の生活を送っている。もちろん働かずに暮らそうとする怠け者などいない。また、土地も道具も共有で、貨幣は存在しない。それで貨幣の基準になる金は何に使われているかといえば、これがなんと便器。理想社会で大切にされるのは金や銀ではなく、鉄やガラス、土など。生活に必要な食器には土器やガラス器を使い、金や銀は便器や奴隷をつないでおく足かせ、犯罪者のシンボルである耳輪や首輪、頭の帯などに使用する。第1巻に見られる「羊が人間を食い殺している」という言葉は、イギリスの浮浪者の増大の原因として、地主たちが羊毛の値上がりに目をつけ、畑をつぶして牧場として囲い込み、その結果農民が土地を失っていく状態を描き、囲い込み運動を非難したものである。
トマス・モアは国王ヘンリー8世の信頼厚く大法官になったが、王の離婚に反対したため、反逆罪に問われ、ロンドン塔で処刑された。刑吏が当時の習慣によって罪人に許しを乞うと、モアは彼を抱きしめて、「元気をだして、役目を果たしなさい。私の首は大変短いから、やりそこねて恥をかいたりしないように気をつけなさい」と励まし、伸びた髯を首切台の外に出し、「これには罪はないから切らないでください」と冗談を言った。モアは最後まで、思いやりとユーモアを忘れなかった。(引用文献:『ウラからのぞく世界史』ダイソー文庫シリーズ17)
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