「水色の恋」の謎
天地真理。人気、実力の落差、振幅の大きさでは古今正統派アイドルの中でも無比である。名付け親が梶原一騎であることを考えると、やはり芸名というものには、大きなパワーが作用することを実感している。
昭和46年10月、天地真理は「水色の恋」(田上えり・田上みどり作詞・作曲、森岡賢一郎編曲)でデビューした。愛らしく、屈託のないスマイルと「ちいさな恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「若葉のささやき」「恋する夏の日」とヒットを連発して、白雪姫はたちまちのうちに№1アイドルになった。天地真理はデビュー前にヤマハ・ミュージックスクールのレッスン生だったので、ヤマハ音楽振興会主催の作曲コンクール第1回大会(昭和44年)のエントリー曲「水色の恋」を歌っていた。国立音大付属高校出身の天地は譜面が読め、選曲のセンスもあり、自分のデビュー曲にしたいと主張した。仕上がりは森山賢一郎の編曲と天地独特のファルセット唱法で従来の歌謡曲に無い名曲となった。ところがまもなくこの「水色の恋」には盗作疑惑がもちあがった。そのころケペルは「アルゼンチンタンゴのすべて」(日本ビクター)のLPを愛聴していた。その中の1曲に「グラン・ホテル・ビクトリア」(フェリシアーノ・R・ラタサ作曲)がある。あるフレーズがほとんど同じであることにすぐに気づいた。もともと1906年にアルゼンチンのコルドバにある格式高いホテルの落成記念に作曲されたという。日本では「ホテル・ビクトリア」としてよく知られていた。歌謡曲「水色の恋」と古いタンゴの名曲。ファルセット唱法のアイドル歌手。トルコ嬢と白雪姫。すべてのミスマッチが増幅作用となって魅力となる。だが「水色の恋」と天地真理の不思議な謎を解明した者は誰もいない。日本では昭和30年代、タンゴブームであり(あるいは戦前にもブームがであった)、おそらく作曲者はかなり年輩の作曲家であり、古いタンゴをベースにして創作したとみて間違いなかろう。それゆえ田上えり・田上みどりは仮名なのだ。もちろんいまさら騒ぎ立てるつもりは毛頭ない。アイドル天地真理にふさわしい愛すべき一曲である。


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