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2008年3月 2日 (日)

有島武郎「ドモ又の死」

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   有島武郎(1878-1923)が個人雑誌「泉」に戯曲「ドモ又の死」を発表したのは大正11年10月のことである。それから翌年6月に美人記者・波多野秋子と軽井沢の別荘で心中自殺したのは、わずか8ヵ月後のことであった。当時の有島の心境を知るてがかりとしては、この作品のほか、戯曲「断橋」、小説「酒狂」「或る旋療患者」「骨」「親子」などがある。

「ドモ又の死」あらすじ

    「ドモ又」とあだ名された戸部、花田、沢本、瀬古、青島という五人の青年画家が、ともにモデルのとも子に好意をもち、芸術家信念に燃え3日間も飢えとたたかって制作に精進している。遺作展を開いて、悪ブローカー九頭竜、えせ美術愛好家堂脇左門から金をまきあげようという計画がたてられる。そのためにはひとりを天才として死んだことにし、とも子と結婚して天才の弟として再生することにしなければならない。とも子に意中の人を選ばした結果は、意外にもドモリで、ししっ鼻で、顔にでこぼこのあるドモ又だった。一同これを了承、九頭竜らを迎える準備をする。

花田さん、あなたは才覚があって画がお上手だから、いまに立派な画の会を作って、その会長さんにでもおなりになるわ。お嫁にしてもらいたいって、学問のできる美しい方が掃いて捨てるほど集まってきてよきっと。沢本さんは男らしい、正直な生蕃さんね。あなたとはずいぶん口喧嘩をしましたが、奥さんができたらずいぶん可愛がるでしょうね。そうしてお子さんもたくさんできるわ。そうして物干竿におしめが賑やかに並びますわ。青島さんは花田さんといっしょに会をやって、きっと偉くなるわ。いまに皆んながあなたの画を認めて大騒ぎする時が来てよ。そうして堂脇さんとやらが、美しいお嬢さんを貰ってくださいって、先方から頭を下げてくるかもしれないわ。けれどもあんまり浮気をしちゃいけなくってよ。瀬古さん…あなた、若様ね。きさくで親切で、顔つきだって一番上品で綺麗だし、お友だちにはうってつけな方ね。でもあなた、きっと日本なんかいやだって外国にでも行っちまうんでしょう。お大事にお暮らなさい。戸部さんは吃りで、癇癪持ちで、気むずかしやね。いつまでたってもあなたの画は売れさうもないことね。けれどもあなたは強がりなくせに変に淋しい方ね…。悪口になったら、許してちょうだい。でも私は心から皆さんにお礼しますわ。私みたいながらがらした物のわからない人間を、皆さんで可愛がってくださったんですもの。お金にはちっともならなかったけれども、私、どこに行くよりも、ここに来るのが一番嬉しかったの。ともどもに苦労しながら、めいめいが一番偉いつもりで、仲よく勉強しているのを見ていると、何んだか知らないが、私時々涙がこぼれっちまいましたわ。…でも私、自分の旦那さんを決めなければならないんだわ。いやになるねえ。私がいい人を選んでも、どうか怒らないでちょうだいよ。私、これでも身のほどをわきまえて選ぶつもりですから…。戸部さん、私あなたのお内儀さんになります。怒らないでちょうだいよ。私あなたのことを思うと、変に悲しくなって、泣いちまうんですもの…。

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