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2008年3月23日 (日)

プラハの春の訪れ

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 ヨーロッパ最古といわれるカレル橋(プラハ)

  チェコ共和国の首都プラハは、中部ヨーロッパの中心地であり、西欧と東欧との交易ルートとして重要な位置を占めている。5~6世紀より、この地に定住したスラブ人を統治し、外敵に対抗するため、9世紀末にスラブ人によるプラハ城が築かれた。この城下町として、プラハ市街が発達したのは10世紀で、12世紀には、中部ヨーロッパ最大の都市として知られていた。

    プラハという地名は、言い伝えによると、「境、境界」を意味する地名であった。チェコ語のプラジティ(森の焼けた所)が語源であろうとする説。もう一つの説は、スラブ語のプラツ(働く)を語源とする。プラツはスラブ人が川に仕掛けをして漁をする場所を指し、チェコ、スロバキア、ハンガリーに多い地名である。

   1948年6月、チェコスロバキア人民共和国を樹立し、1960年7月公布の新憲法で国名を社会主義共和国に変更した。1968年、ドプチェク第1書記による「プラハの春」と呼ばれる改革運動が起こるが、ソ連はワルシャワ条約機構軍を動員して軍事介入し、プラハなどを占領し、民主化運動は弾圧された。しかし、1989年のビロード革命により共産党政権は崩壊、1993年にチェコとスロバキアが分離。チェコではクラウス首相が急進的経済改革を推進。1998年にはミロシュ・ゼマン、2002年にはヴラディミール・シュピトラ、2004年にはスタニスラフ・グロス、2005年にはイジー・パロウベク、2006年にはミレク・トポラーネクが首相に就任している。2002年にはヴァルタヴァ川(ドイツ語名モルダウ)が氾濫し、大きな被害を受けたが、プラハにもようやく春が訪れようとしている。

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