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2008年2月18日 (月)

太宰治と高峰秀子

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    左より高峰秀子、山根寿子、太宰治

   高峰秀子の自叙伝「わたしの渡世日記」は、単なる一女優の回想録という以上に貴重な昭和史の記録でもある。例えば、昭和22年夏の太宰治との出会いの記述である。

新橋駅に現れた太宰治のスタイルはヒドかった。既にイッパイ入っているらしく、両手がブランブランと前後左右にゆれている。ダブダブのカーキ色の半袖シャツによれよれのズボン、素足にちびた下駄ばき。広い額にバサリと髪が垂れさがり、へこんだ胸、細っこい手足、ヌウと鼻ののびた顔には彼特有のニヤニヤとしたテレ笑いが浮んでいる…。作家の容姿に、これといった定義があるわけではないけれど、とにかく、当代随一の人気作家太宰治先生は、ドブから這いあがった野良犬の如く貧弱だった。鎌倉の料亭に到着したのは午後の4時ころだったろうか、まだ日暮れ前であった。床の間を背にアグラをかいた太宰治はやっとリラックスしたらしく、青柳信雄とプロデューサー補佐を相手に、「ガバッ、ガバッ」といった調子で呑みはじめた。席上、紅一点の私など問題にもしてくれない。そのくせ私が下を向いて箸を取ったりすると、チロリとこっちをうかがったりしているのがこっけいだった。

    昭和23年6月19日、山崎富栄と玉川上水に入水。「朝日新聞連載小説「グットバイ」は13回分までだったため、後半のストーリーを脚本家の小国英雄に委ね、映画「グットバイ」は6月28日の封切りに間に合った。

    しかし、太宰と高峰は昭和22年が初対面ではない。昭和19年7月11日、東宝東京撮影所で会っている。高峰は太宰の愛読者だった。それは自叙伝にも「私もまた、走れメロス、トカトントン、親友交歓などを、ほとんど暗記するほどに熱読していた一人であった」と書いている。この日、高峰は太宰のサインをもらっている。太宰の「佳日」は青柳信雄によって「四つの結婚」として映画化された。脚本は八木隆一郎、如月敏だが、太宰もそれに少し加わっている。

   つまり太宰作品の映画化は東宝の山下良三を中心に昭和19年から進められていたが、二作とも高峰秀子が出演しているというのも何かの奇縁であろう。好奇心旺盛な売れっ子女優が苦悩する大作家を「ドブから這いあがった野良犬」「こっけい」と観察しているのも面白い。

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コメント

最近、太宰治を読んで引き込まれています。この人の文体がどうも好きみたい。高峰秀子もきっと、太宰ファンだったと思います。太宰治が自分は女性に好かれるというよりかまわれる、と表現していました。この人は文才はあったけど、女性にもてすぎて人生、横道にそれてしまったのかなとも思います。
いずれにしても、すごい人だったと思います。

太宰治の人生は「生まれてすみません」という言葉で表されるように、五回の自殺と麻薬中毒、まさに破滅型の作家ですが、戦中戦後の弱いけれども良心的な青年のシンボル的存在として今でも多くの人に愛されています。ケペルも好きで「津軽」を読むと切なくて共感できます。ところで太宰の愛読書ラファイエット夫人の「クレーヴの奥方」が今フランスではブームだそうです。17世紀の恋愛小説をサルコジ大統領は「こんなの読んで何になるの?」と言ったのが発端です。日本でもきっと「太宰治を読んで何になるの?」という政治家がいるかもしれない。一人称で語られる太宰の私小説めいた作品はもっとも心にひびく力をもっているような気がする。

さすがケペルさん。奥が深いですね。
ほんとに太宰を読んで何になると聞かれても・・・・ただ、心に響くものがあるからですね。自分の気持ちをこっそり、読者に教えてくれているようなそんな感じです。
若い時って太宰治のように気づつきやすく、もろいものだから共感するのかも。
三島由紀夫があなたの文学は嫌いとはっきり言ったようですが、理屈を超えていいというものは案外、文句をつけたがる人がいるものです。
ところで、ケペルさんの太宰治の本の中で好きなのはなんですか。教えてください。

高校生の時、学校図書館で読んだきりですが、太宰治の小説「惜別」は印象が強いです。すでに魯迅の「藤野先生」を読んだ直後でした。この小説は昭和18年に国から委嘱されて書き下ろしたものですが、国威発揚にはほど遠いように思える。「文学は無用のもの」という考えの人が多い中で、魯迅は留学先の日本で中国人が虐待された幻燈を見て、医学よりも文学への道を志すというもの。この時代の太宰は前向きで、読む人に勇気を与えてくれるものを書いていた。ケペルはとくに東洋史を学ぼうとしていた頃なので思い出深い作品です。

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