リベラーチ、世界が恋したピアニスト
リベラーチというアメリカのピアニストを知っているだろうか。ラスベガスにある博物館には生前に彼が着た豪華な衣裳やキャデラック、メルセデス・ベンツなどの愛車、そしてピアノが展示されている。年輩のアメリカ人なら誰でも知っている有名人といえる。「リベラーチ」という名は、「バレンチノ」と同様に高級ブランドとしての響きがある反面、「悪趣味の代名詞」ともいわれる。
日本でその名前が知られないのは、彼がアメリカのテレビやラスベガスのショーを中心に演奏活動したことや、クラシックというよりもイージーリスニングのようにクラシックの名曲のさわりだけを演奏していたので、音楽批評家たちの評価は低かったからかも知れない。だが「世界が恋したピアニスト」といわれるようにその人気ぶりはスゴかったようだ。
彼のエピソードとして知られるのは、「リベラーチの演奏会のある日は、恐妻家にとっては最高の夜だ」というジョークであろう。金持ちのご夫人方がリベラーチを聴くためにみんな外出しているからだそうだ。
ワラジャー・ヴァレンティーノ・リベラーチ(1919-1987)。1919年5月16日、ウィスコンシン州ウェスト・アリスに住むポーランド系アメリカ人の音楽一家に生まれ、幼児からピアノを習う。7歳の時、イグナツィ・パデレフスキー(1860-1941)に演奏を絶賛され、神童と言われた。1950年代、全米にテレビが普及し始めると、テレビ・ピアニストとして一躍人気者となる。独身だったこともあってとくに女性に高い人気であった。リベラーチェをとくに有名にしたのは豪華で派手なファッションだった。極端に立った襟を持つ金ぴかの上着に、孔雀の羽をふんだんに使ったキッチュな衣裳は、エルビス・プレスリー、エルトン・ジョン、果ては美川憲一のルーツともいえる。
1987年、カリフォルニア州パームスプリングの自宅で死去。享年67歳。死因はエイズであった。彼の主演映画「シンシアリー・ユアーズ」(共演・ドロシー・マローン、ジョン・ドルー、1951年)も残念ながら日本未公開で見ることはできなかった。
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