脇坂安宅とカタシボ竹林
「播磨の小京都」といわれる兵庫県龍野市には、カタシボの竹という珍らしい竹が生育している。マダケの一変種で、幹の半分はふつうの竹と同じツルツルなのに、裏半面は無数のタテしわが走っている。しかも節目が変わると、平らな面としわの面が表裏入れかわり、次の節目にくると、また逆になる。見た目には、節目ごとに平らな面としわのある面が交互にタテにつながるという面白い模様が見える。つまり片側にしわができるので「片皺竹」からこの名前が生まれた。なぜ、このようなしわが出来るのか、諸説あるが、一つには、タテじわの面の組織内の養分を通す管が異常に細く、かつ、それらが何本も束になって固く縮まるのではないかともいわれている。なお、節目の上の芽(枝)の出る側が平滑で、その裏側にしわが出来るのも特徴である。
片皺竹はもとは淡路島の洲本が原産地であった。幕末期の詩人・梁川星巌(1789-1858)が親交のあった播磨龍野藩主・脇坂安宅(1809-1874)公に珍種として数株を贈った。安宅公は大層喜んで、これを一族の筆頭家老の屋敷内に植えさせ、門外不出を厳命して秘蔵としてきた。これが現在、龍野市龍野町下霞城の梅玉旅館庭園内にあるカタシボ竹林である。約500本が生育していて、昭和33年5月15日、天然記念物に指定された。いま、原産地の淡路島には、カタシボ竹は無いという。
脇坂安宅は安政4年、老中に列し、中務大輔と改称して外国事務を担当。まもなく職を辞したが、文久3年11月になり、さきの桜田門外の変の際、井伊直弼の遭難を秘した咎により謹慎を命ぜられた。
龍野藩脇坂家は現在16代目当主、脇坂安知。さ「先ごろ詐欺容疑で逮捕されたタレント医師、脇坂英里子と当家とは一切関係ありません」とコメントを発表。
« ホンタイジの朝鮮出兵と延辺地区 | トップページ | 白いパラソル »
「自然・科学」カテゴリの記事
- 身近な毒草(2026.07.07)
- ラジオ放送のはじまり(1906年)(2025.12.24)
- ハルジオンが咲く頃(2025.12.18)
- フクロウの擬態(2025.11.23)
- トドとオットセイ(2025.11.22)


コメント