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2008年1月28日 (月)

龐統、落鳳坡に死す

    龐統(178-213)。字は士元。襄陽郡襄陽の人。劉備は司馬徽から「伏龍、鳳雛のどちらかひとりでも得られれば、天下を平定できるだろう」と聞いていた。まもなく「鳳雛」とは龐統のことだと徐庶に聞いて知る。龐統を迎えてその才能を知って、劉備は諸葛亮に次ぐ親愛ぶりを見せた。涪(ふ)の勝ち戦後の宴席で楽しそうに酔った劉備に龐統は「以前は同姓の親戚の国を取るなどとんでもないと言っていたのに、戦が楽しいとは、仁義の君主の言葉とも思えませんな」と言ってたしなめた。怒った劉備に命じられて龐統は退席した。が、劉備は後悔してすぐ呼びもどした。劉備は「先ほどはどちらが間違っていたのかな」と問うと、龐統が「君臣双方が」と答える。ふたりは大いに笑いあった。まもなく龐統は軍勢を率いて落鳳坡と言われるところで、矢に当たって落命した。劉備は悲しみ、龐統の話をするたびに涙を流した。

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