有馬新七と寺田屋事件
NHK大河ドラマ「篤姫」第2回「桜島の誓い」で薩摩を舞台とした主要な人物がほぼ登場した。薩摩の若い下級藩士たち、西郷吉之助(小澤征悦)、大久保正助(原田泰造)、有馬新七(的場浩司)。幕末における討幕運動で薩摩藩の彼らが今後どのような活躍をしていくのか注目していきたい。だが、薩摩が挙藩一致して討幕に向かうのは慶応2年正月の薩長盟約成ってのことで、それまでの薩摩は島津久光(山口祐一郎)が介在していため、有馬のような急進の尊王攘夷派は行動を制約されて苦労した。有馬新七(1825-1862)は、このような藩内事情の最大の犠牲者であった。
文久2年4月23日、有馬は真木保臣、田中河内介ら藩内急進派を率いて京都所司代の襲撃を策して京都伏見の寺田屋に集結したが、久光派遣の鎮撫使奈良原喜八郎と衝突して乱戦。新七は討手の道島五郎兵衛と戦ううち刀折れ、素手で道島を壁に押さえつけ「オイこど刺せ」と絶叫、同志橋口吉之丞の突き刺す太刀で新七、道島ともにクシ刺しとなる。他に同志8人闘死または後日自害。享年37歳。
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