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2007年12月29日 (土)

「夢千代日記」に見る女性美

   ドラマの舞台となった山陰・湯村温泉荒湯の近くには吉永小百合がモデルとなった「夢千代像」がある。NHKドラマ「夢千代日記」(早坂暁脚本、深町幸男演出)によって、吉永小百合=夢千代=芸者というイメージが一般には広まったような感がする。しかし5話連続の最初の作品を見たかぎり、夢千代(吉永小百合)ほど芸者らしくない芸者はないないという印象を持った。民謡「貝殻節」を踊るシーンは何度もあるが、客と親しく話すとか、酌をするというシーンはほとんど無かった。インテリ芸者で笑顔もなく、はかなげで寂しそうである。清純派・吉永小百合ほど芸者が似合わない女優もめずらしい。思えば日本映画の大女優はほとんど芸妓が似合う。酒井米子、柳さく子、八雲恵美子、梅村蓉子、田中絹代、飯塚敏子、山田五十鈴、花柳小菊、淡島千景、山本富士子。日本情緒をかもし出す芸者役ができて看板女優であった。吉永が「伊豆の踊子」を演じたときも、利発そうな吉永が、字がよめないカオル役で学生に文字を聞くシーンなど不自然だという声をきいたことがある。現代的、健康的、聡明という優等生イメージの強い吉永が、古風な女、病弱、暗い、という孤独で哀しい女をいかに演じるかに興味の大半がそそがれる作品なのである。聖女としての夢千代を鮮明にするためには、対照的な女優を配する必要がある。小悪魔的な緑魔子、秋吉久美子であり、若い大衆演劇の男と駆け落ちをするプレイガールの大信田礼子を配し、聖の対比である俗を印象づける。注目すべきは、芸者置屋の下働きを演じた夏川静江の存在であろう。古風な女優の多い戦前の日本映画界にあって、理知的で近代的な印象のある女優であった。また、さびれたストリップ小屋に流れる暗い70年代のアングラソングも効果的である。「私の名は朝子です。歳は18、身長は163センチです。自分では綺麗な方だと思っています。今、髪は短いですが、じき長くなると思います。お酒はまだあまりのめませんが、ブルースとタンゴくらいは踊れます」というナレーションで緑魔子のストリップショーが始まる。場末のさびしさや惨めさがよく表現されている演出であろう。

   日本では明治以来、男性が描く理想的な女性像として、近代的でバタくさくハイカラな女性美に憧れることと、竹久夢二の描く大正美人に憧れることが、絶えず繰り返えしている。女性崇拝で知られる谷崎潤一郎が「痴人の愛」でナオミを描き、古典回帰後に「蘆刈」「春琴抄」「細雪」で日本的女性美を讃美したことなど典型例であろう。ドラマ「夢千代日記」は近代的女性・永井左千子が運命ゆえに芸者となり、たえず死の影につきまとわれながら生きていくという、孤独な女の人生を場末の猥雑な人間模様の中で描いている。吉永小百合の美しさを際だつことに成功した数少ない作品であろう。

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