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2007年10月20日 (土)

デスペレートな女流作家

    平林たい子(1905-1972)。明治38年10月3日、長野県諏訪郡中洲村福島(現・諏訪市)で生まれる。祖父・平林増右衛門は製糸業を営む自由党員であったが、事業に失敗。父・平林三郎は弟・督男とともに朝鮮に行き、母・勝美が農業のかたわら日用雑貨をひらいた。大正11年、諏訪高等女学校を卒業後、上京し、東京中央電報局の交換手監督見習になるが勤務中に堺利彦に通話して解雇。ドイツ書籍店の店員になり山本虎三と出会う。高津正道の売文社に出入りし、アナーキストグループに接近する。大正13年1月、山本と大連に渡る。大正13年10月、単身帰国。田河水泡(1899-1989)、岡田龍夫(1904-没年不詳)と同棲。大正14年、飯田徳太郎と同棲。昭和2年1月、山田清三郎の媒酌により小堀甚ニ(1901-1959)と結婚。昭和2年5月、「喪章を売る」(のち「嘲る」と改題)が大阪朝日新聞懸賞に入選。昭和2年9月「施療室にて」を「文芸戦線」に発表し、プロレタリア作家としての地位を確立した。代表作に「殴る」「こういう女」「盲中国兵」「鬼子母神」「私は生きる」「人生実験」「人の命」「秘密」「地底の歌」「一人行く」「耕地」「春のめざめ」「栄誉夫人」「桃色の娘」「愛情旅行」「女二人」「うつむく女」「妻は歌う」「愛あらば」「砂漠の花」等ある。

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