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2007年9月 2日 (日)

ドガとニューオーリンズ

    アメリカ南部で一番大きく有名であるニューオーリンズは誰しもルイジアナの州都だと思うだろうが、実はニューオーリンズから百余マイル上流のバトンルージュである。ちなみにここの出身者で阪神タイガースで活躍している野球選手がアンディ・シーツである。(1971年生)

   ところで踊り子たちの愛らしい姿をデッサンしたことで知られるエドガー・ドガ(1834-1917)が、普仏戦争を逃れて母の実家のあるニューオーリンズに滞在していたことは、あまり知られていないように思う。

   ドガ(本名イレール・ジェルマン・エドガー・ド・ガス)の母セレスティーヌ・ミュッソンはニューオーリンズに植民したフランス人家庭の出身であった。1873年10月、ドガは綿花取引業をしていた叔父と弟ルネとアシルたちを訪ねてニューオーリンズを訪れた。そこには母セレスティーヌと家族が住んでいた。ドガはたちまち退屈してしまい、「人々は綿花のために生き、綿花によって生きている」とぼやいた。翌年まで滞在したドガは、ここで「ダンスのレッスン」(メトロポリタン美術館)「若い婦人の花瓶」(オルセー美術館)など家族の肖像を描いている。

   そのほか「エステル・ドガ夫人」(ニューオーリンズ美術館)、「ルネ・ド・ガス夫人の肖像」(ボストン美術館)がある。ドガのニューオーリンズ滞在中は、弟のルネに世話になった。この絵に描かれている女性は、弟ルネの夫人エステルである。彼女は、ドガの母を通じてドガ家とは縁続きにあたり、最初アメリカ人と結婚したが、南北戦争で夫を失ってから、ルネ・ド・ガスと結ばれた。彼女は当時すでに視力を失って、ほとんど盲目の状態であった。ドガは世話になった弟の家族への感謝と愛情を込めて描いた。しかしルネ夫妻は1878年離婚している。弟ルネはニューヨークで、レオンス・オリヴィエ夫人と再婚した。ドガはこのような弟の行為を非難し、兄弟は20年間交際を絶っている。ドガのやさしい人柄が現れた逸話である。

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