無料ブログはココログ

« ドガとニューオーリンズ | トップページ | 中田喜直・團伊玖麿、犬猿の仲 »

2007年9月 2日 (日)

衛生博覧会と蝋人形

    衛生博覧会は、明治20年に東京築地で開催された「衛生参考品展覧会」がそのはじまりで、全国各地で戦後まで開催された。その目的は伝染病や性病などの危険から体を守り、予防知識を普及させることにあった。会場には、蝋人形の人体模型やホルマリン漬けの標本などを用いて病気の怖さを視覚的に認識させた。

    江戸川乱歩(1894-1965)の小説に次のような一節がある。「衛生博覧会場は、大小さまざまのガラス張りの陳列台、医療器機、奇怪な解剖模型、義手義足、疾病模型の蝋人形などが並べられていた。ガラス箱の中には、等身大の若い女が横たわっていた。薄暗い光線で、見分けられないほどであるが、しかしなんとなく生きているような蝋人形である。」(「悪魔の紋章」昭和12年)

    衛生博覧会の呼び物はなんといっても蝋人形だった。京都の島津源蔵(1869-1951)は、明治42年に蝋による人体解剖模型の作成に成功し、衛生博覧会の普及に貢献している。

« ドガとニューオーリンズ | トップページ | 中田喜直・團伊玖麿、犬猿の仲 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ドガとニューオーリンズ | トップページ | 中田喜直・團伊玖麿、犬猿の仲 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31