無料ブログはココログ

« 衛生博覧会と蝋人形 | トップページ | ゲーテの抒情詩 »

2007年9月 7日 (金)

中田喜直・團伊玖麿、犬猿の仲

   「夏の思い出」「雪の降る町を」などの作曲家・中田喜直(1923-2000)は、嫌煙論者としても知られていた。あるとき中田が東京駅で新幹線を待っていたら、鮫島有美子、ヘルムート・ドイチェ夫妻と出会った。列車が来て、中田は禁煙の8号車に乗った。当然、鮫島夫妻も同じ車両に乗ると思ったら喫煙車の9号車に乗った。中田は「えっ、どうして」と聞いたら、夫がタバコを吸うので、ということだった。鮫島有美子はもちろんタバコは吸わない。「国民的ソプラノ歌手」といわれる鮫島にとって、美しい声が何より大切であり、声のためにも、体のためにも禁煙車の方がいいのにと中田は思った、と「音楽と人生」という随筆集に書いている。

   この鮫島夫妻のエピソードはファンにとっても心配事であろう。良妻である鮫島は、いまでも受動喫煙による健康の害を被りながらも、ご主人の傍らにいるのであろうか。(余計なお世話だ、と言われるかもしれないが)

   中田喜直は「嫌煙の時代タバコと社会」(昭和55年)を出版しており、当時としては過激で感情的とも思える嫌煙論者と見なされていた。「人間の生存に一番大切な空気を汚すことに無関心な人を信用するわけにいかない」という基本的な考えを通すためには奇妙な徹底振りも見受けられた。たとえばヘビースモーカーで知られる市川崑や今井正の映画は絶対に見ないという。監督がタバコを吸うからといって映画作品とは無関係なように思えるのだが、その異常とも思える嫌煙論は終生止むことはなかった。ことに音楽関係者への攻撃は激しい。「オーボエ奏者の宮本文昭氏の演奏も聴きたくない。体をくねくね動かしてオーボエを吹き、その後でタバコを吸うCMを見てがっかりした。音楽は音が出ればいい、というものではない。その演奏者の人間性も一応は気になる。TVのコマーシャルで有名になって、宮本氏のCDはかなり売れているらしいが、私は勿論買わないし、もらっても捨ててしまう」(「音楽と人生」音楽之友社)と書いている。

   「パイプのけむり」の随筆で知られる作曲家・團伊玖麿(1924-2001)とは、まさに音楽家ライバルというより、愛煙家vs嫌煙家との論戦バトルが繰り広げられた。「日本のもっとも美しいオペラ・夕鶴が演奏されている時、やくざ風の男が何人か入ってきてタバコをプカプカ吸いはじめたら、私は、今は演奏中だから休憩の時に外で吸って欲しい、と言う。これが嫌煙権の主張なのである。その時、團伊玖麿氏は、嫌煙権などという下らないもの、と言って、やくざの方に味方するだろうか。こんなことは実際にないかもしれないが、團氏は文章の上ではこれと同じような事をしばしば書いている。嫌煙権を犬猿という字でからかって嘲笑した、連載随筆「パイプのけむり」を読んだ。(「音楽と人生」72頁)

   中田喜直の「音楽と人生」という本には、このほか福田恆存、西部邁、岩城宏之、生島治郎など実名をあげて愛煙家たちを批判している。昨今の日本社会での分煙対策を見ていると、中田喜直の過激とも思えた嫌煙論はほぼ全面的に認められたと思える。

« 衛生博覧会と蝋人形 | トップページ | ゲーテの抒情詩 »

「音楽」カテゴリの記事

コメント

どのブログを見ても、本名を出している人はほとんどいない。どこのだれが書いているのかわからない。いったいどうして、このような習慣が広まったのだろうかと不思議でならない。どこのだれが書いているのかわからないものを真面目に読む気にはなれない。隠れて者を言う者は信用できない。それでいて、コメントを書く部分には「名前」の欄がある。自分は名前を明らかにしないのに、人には名前をかたれと言う。おかしな話だ。もっとも本名でなくともよいということだろうが、それでは意味がない。まず、ブログ作成者は本名を明らかにするべきである。次いで、コメント者もまた本名でコメントを寄せるようにするべきである。

中田義直作曲のピアノとフル-トの曲でで英語名が”JAPANESE AUTUMN SONGS” #9517 の楽譜を探しています。
何処で入手できるかお教えください
ご返事お待ちします。
藤森

フルートの楽譜探しなら、村松楽器(新宿店)に問い合わせてはいかがでしょうか。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 衛生博覧会と蝋人形 | トップページ | ゲーテの抒情詩 »

最近のトラックバック

2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30