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2007年8月17日 (金)

溝口健二と一条百合子

    「映画女優」(市川崑監督)は吉永小百合99本記念映画であり、田中絹代の生涯を吉永が演ずるというこで話題となった作品である。田中絹代は昭和15年「浪花女」という映画で溝口健二と出会う(劇中では溝内健二監督になっていた)。田中は後年、「溝口先生に会わなかったら、私の女優生活は終わっていたかもしれない」と語っている。

  菅原文太が演ずる溝内健二の背中の切り傷の話は、実際に起こった事件だ。大正14年6月11日の東京朝日新聞に「日活の溝口監督、情婦に斬らる、別れ話から剃刀で夕食中に大立ち回り」と報じられた。「赤い夕陽に照らされて」のロケーションから帰宅した溝口は、木屋町の芸妓で溝口に惚れ、押し掛け女房におさまっていた一条百合子と痴話喧嘩となり、カミソリで背中を切られ、溝口は謹慎させられた。事件当時溝口と自炊していて、一条を取り押さえた助監督の安積幸ニは、「あの事件以来、溝口さんの女性に対する執拗なまでの凝視がはじまった」という。映画「赤い夕陽に照らされて」は三枝源次郎監督の手によって完成した。そのころの溝口は酒乱で、お茶屋の床の間へ小便して庭の石灯籠に縛りつけられたり、大酒をくらって放埓の限りをつくし、売春婦に耽溺していた。一条百合子は、小柄でぽっちゃりとした丸顔、小股がきれあがっておきゃんな気風があり、溝口との痴話けんかは近所の評判だった。百合子は警察に引っ張られたが、すぐに釈放され、行方をくらました。溝口は、百合子が浅草にいると聞いて、追っかけて行ったが、会えなかった。

   もしも、溝口の女難がなかったなら、女を描いて随一の定評をとることもなかったかもしれない。「浪華悲歌」「祇園の姉妹」の梅村蓉子、山田五十鈴も「愛怨峡」の山路ふみ子、「近松物語」の香川京子、「西鶴一代女」の田中絹代も見ることは出来なかったかもしれない。

    今日一般的に言えば、溝口健二は日本映画監督三大巨匠の一人に数えられている。その三人とは、溝口健二(1898-1956)、小津安二郎(1903-1963)、黒澤明(1910-1998)である。(参考:新藤兼人「小説田中絹代」)

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