顰に倣う
むかしの中国の話。美女の西施があるとき癪を病んで郷里に帰省した。癪で痛む胸を片手で押さえ押さえ、眉を顰めて歩くいていても、さすがは絶世の美人、えもいわれぬ風情で、見る人びとをうっとりさせる。すると、同じ村にすむ醜女たちがこれを見て、自分も胸を押さえ眉を顰めて、村の通りを歩きまわった。村人たちは、うっとり見惚れてくれるどころではない。ただでさえ醜いのに、とんでもない様子におじけをなして、金持ちの家では門を固く閉じて外に出ようとする者もなく、門もない貧乏人の家では、妻子をひき連れて村を逃げ出すという始末であった。
この醜女たちは、西施が眉をしかめるようすの美しさはわかっても、何が眉をしかめることを美しく見せるかという理由がわからなかったのだ。聖人のことだからといって、猿まねは禁物だ。荘子は乱世の時代に、魯や衛の国がかつての周王朝の理想政治を再現させようというのは、とんでもない身のほどしらずで、西施の「顰にならう」みたいなもので、人から相手にされないというのである。(「荘子」天運篇)
« 亡羊の嘆 | トップページ | 何が彼女をそうさせたか »
「人生訓」カテゴリの記事
- コラムニスト(2022.03.11)
- ジョルジョ・モランディ(2015.11.11)
- ジャン・パウルの格言(2014.11.01)
- 美しい風景(2014.10.31)
- 人生の短さについて(2013.12.20)
コメント