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2007年8月 8日 (水)

伊東巳代治と盆栽

    伊東巳代治(1857-1934)は、伊藤博文にその才幹を認められ、出世した。「憲法の番人」と自称し、のちに枢密院に入り、明治・大正・昭和の政界に隠然たる勢力を持った。とくに晩年、金融恐慌にさいしては若槻内閣を崩壊に導き、協調外交を非難して、公然たる中国侵略を強調した人物である。

    明治16年、伊東は東京の中心、永田町に住居を構えるが、ここに翠雨荘と名付けた別邸を建て、千余種の盆栽を蒐集した。国内はもとより朝鮮、台湾、中国よりも取り寄せた。徳川家光愛蔵の五葉松ほか、島津重豪が近衛家に贈った鉢、西園寺公望、黒田清隆らの愛蔵品もあった。

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