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2007年8月19日 (日)

楡の梢までしか飛べない小鳥の話

    何千里もある翼を持ち、九万里を飛ぶことができるという鵬という鳥がいる。斥鷃(みそさざい)は、鵬のありさまを見て、あざ笑っていう。「われわれは力いっぱい飛んでも、楡の梢までしか飛べない。それでも結構飛ぶことの楽しみはあろうというもんだ。それなのにやつはいったいどこまで飛ぼうというんだろう」

   ここに、小さいものと大きいものの区別があり、小鳥に大鵬の心を知ることがどうしてできるであろうか。(「荘子」逍遥遊篇)

   荘子(前370?-前290?)。宋の蒙(河南省商邱県)の人。姓を荘、名を周という。漆園の番人をつとめたり、手内職などで飢えをしのぎ、戦乱の世をよそに、ひとり悠々と生活し、貧困のうちに一生を終わったといわれている。

   この逸話から「鵬鷃(ほうあん)」(大小の懸隔のはなはだしいことのたとえ)という言葉もある。荘子にはまず対象を二分法で捉えるが、それはあくまで人間思考の相対的なものでしかないとする。人為をなくすと、あとに残る世界は。二元の対立のない、すべてが斉(ひと)しい一つの世界である。これが「万物斉同」の立場である。

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