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2007年8月19日 (日)

吉永小百合と山路ふみ子

   オリコンが「品格のある著名人ランキング」を男女別に調査したところ、イチローと吉永小百合が第1位に選ばれた。吉永は昭和61年からボランティアで全国の小中高生たちの前で原爆詩の朗読会を開いてきた。この20年間で2百数十回にも及ぶ。

   吉永小百合が昭和38年1月に第13回ブルーリボン賞女優主演賞を史上最年少で受賞したとき大きな話題になったことを思い出した。昭和25年からの受賞者は、淡島千景、原節子、山田五十鈴、乙羽信子、高峰秀子、望月優子、山本富士子、北林谷栄、岸恵子、若尾文子であった。「キューポラのある街」(浦山桐郎監督)の撮影中は精華学園女子高等学校在学の17歳だった。吉永の映画デビューは昭和34年の「朝を呼ぶ口笛」から4年間ですでに27本の出演作があったが、浜田光夫とのコンビの「ガラスの中の少女」「草を刈る娘」に続く、本格的主演映画であった。その後の数多い主演作品のなかでも、昭和60年の「夢千代日記」(浦山桐郎監督)は彼女の大きな転機となった作品である。こののち朗読会を開くようになる。また第11回山路ふみ子賞女優賞を受賞している。吉永の数多い受賞歴であまり注目されることはないかも知れないが、山路ふみ子映画賞は戦前の新興キネマなどて活躍した女優の山路ふみ子が私財を投じて、昭和51年に文化財団を設立したもので、現在も続いている。その年の一番早くに発表があり、とくに女優賞が注目される。近年は蒼井優、紫咲コウなどが受賞している。吉永小百合は女優としての自覚がてできたころ、とくに田中絹代を意識していたようだし、彼女の半生まで演じているが、実は山路ふみ子という女優も溝口健二が育てた女優の一人である。

    山路ふみ子(1912-2004)。本名大久保ふみ子。昭和4年、ミス神戸で、昭和6年「神戸行進曲」でデビュー。昭和12年「愛怨峡」で東京の大学を出た温泉宿の若主人と駆け落ちしたものの、気の弱い男の親から呼び戻され、子どもをかかえて苦闘する宿の女中を好演した。この作品で溝口監督に鍛えられ、つづいて「露営の歌」「ああ故郷」「元禄忠臣蔵」など溝口作品に出演した。

   こうして考えると溝口監督は田中絹代にしても、山路ふみ子にしても、演技以上のもの、女優としての人生そのものに大きな影響を与えた人物であったような気がする。吉永小百合がこのような日本映画の良質の部分を継承して、品格ある女優としての道を歩んでいることはよろこばしいものであろう。

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