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2007年7月 3日 (火)

ウソツキ禮次郎

   若槻禮次郎(1866-1949)は、加藤高明が死んだあとと、浜口雄幸が死んだあと、二度にわたって総理大臣をつとめた。第25代(1926-1927)と第28代(1930)である。東大から大蔵省へ入った生粋の官僚出身で、謹厳実直な能吏でありながら、名前をもじられて「ウソツキ禮次郎」と誹られて、もう一つ人気のない政治家であった。

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