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2007年7月23日 (月)

金尾種次郎

    オッぺケペー節で知られる川上音二郎(1864-1911)は、明治32年、妻の川上貞奴(1872-1946)ら座員20名らと共にアメリカを巡業。翌年、パリ万博でも人気を博した。明治34年2月には「川上音二郎欧米漫遊記」という本が大阪の金尾文淵堂から出版されている。著者は金尾文淵堂の主人、金尾種次郎(1879-1947)である。

    金尾種次郎(かねおたねじろう)は江戸時代から続く本屋の3代目として、明治12年、大阪で生まれた。明治32年、文芸雑誌「ふた葉」を創刊、薄田泣菫詩集「暮笛集」などを出版した。明治33年10月には「ふた葉」を「小天地」と改題して発行。しかし、経営はふるわず破綻した。

    明治38年には、上京して麹町平河町5丁目5番地に金尾文淵堂を創業した。そして、薄田泣菫詩集「白羊宮」が好評であった。その後も、三宅雪嶺の「日本及び日本人」を引き受け、木下尚江「火の柱」、河井酔茗「塔影」、綱島梁川「病間録」、与謝野晶子「新釈源氏物語」などを出版。美本、良書の出版社として明治、大正の出版史に残る著作を数多く手がけた。

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