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2007年7月 6日 (金)

過庭の訓(かていのおしえ)

    孔子(前551-前479)は19歳で結婚して、20歳で長男が誕生している。魯の昭公は誕生のお祝いに鯉を贈ったので、子供には「鯉」と名づけられた。孔鯉(前532-前483)は凡庸だった。ただ次の逸話が残されている。

    孔子の弟子の陳亢(ちんこう、字は子禽)が、伯魚(孔鯉)に言った。「あなたは先生のお子さんなのだから、何か特別な教えでも聞いていますか」とたづねた。伯魚は次のように答えた。「いいえ、そのようなことはありません。ただある時、父が一人で縁側に立っている時、私がその前を小走りして庭先を通り過ぎますと、父が呼び止めて、「鯉よ、お前は詩を学んだか」と言われたので、私は、「まだでございます」と答えました。すると父は「詩を学ばなくては人と話ができないよ。詩は人情の発露であり、言葉が洗練されて耳ざわりのよいものだ。詩を学びなさい」と申しました。そこで私はすぐ引き下がって詩の勉強をしました。その後、またある時、父が一人でいる時、その前を小走りして庭先を通り過ぎますと、父が私を呼びとめて、「礼を学んだか」と申しますので、私は「まだ学びません」と答えました。すると父は、「礼を学ばないと、人として世に立つことができないよ」と申しました。私はまた退いてすぐ礼の勉強を始めました。もし、特に聞いたことがあったかと考えますなら、まずこの二つだけでございましょう」と。

    この故事に因み「庭のおしえ」すなわち「庭訓」(ていきん)とは、家庭の教訓、家庭教育を意味するようになった。(参考:吉田賢抗「論語 李氏篇」)

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