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2007年7月28日 (土)

新藤兼人「愛妻物語」

   NHKクローズアップ現代「新藤兼人監督95歳の日々」を見る。新藤兼人(映画監督・シナリオライター)は世界最長老の映像作家。これまでに47本の監督作品と238本のシナリオ作品がある。最新作は「陸に上がった軍艦」。

   戦後の日本映画の傾向のひとつに独立プロの運動がある。戦後の民主勢力の高揚とともに、左翼映画人や労働組合系の独立プロが興り消えていく中で、現在も活動を続ける近代映画協会はユニークな足跡を残している。

   あるとき映画「愛妻物語」を見た映画会社の幹部が「新藤のシナリオは社会性が強くて暗い」という批判をした。新藤は自らの作家性を貫くため、吉村公三郎、絲屋寿雄、殿山泰司らと昭和25年「近代映画協会」を設立した。自主制作の第1作「原爆の子」は原爆を直接取り上げた劇映画としては初めてのものであり、被爆、核の脅威という社会性、現代性あるテーマを扱い世界的な映像作家が誕生した記念的作品となった。「夜明け前」「縮図」「足摺岬」「どぶ」「狼」「女優」「第五福竜丸」「裸の島」「北斎漫画」「墨東綺譚」「午後の遺言状」など脚本作品も含めると名作は夥しいほどある。新藤の特徴としてあげられることに、山本薩夫のような政治的、社会的事件を直接的に訴いかけるというよりも、人間そのものの本性をさらけだすという点にある。したがって人間のもつ愛と欲とを徹底的に描く。一時彼は「文芸エロ」と呼ばれ、大胆な愛欲シーンで話題をよぶことも多かった。若い頃、「愛妻物語」をみて新藤兼人に好感を持ったが、「墨東綺譚」を見ていささか嫌悪するようになっていた。新藤監督は精神的に少しも老いない、古びない、古今稀有な人であり、大いに尊敬している。でもケペルはやはり「愛妻物語」が一番好きな作品です。

    実は宇野重吉、乙羽信子の映画よりも、テレビ化された「愛妻物語」を初めて見たのである。「新藤兼人劇場・愛妻物語」(昭和45年)全4回、明石勤、日色ともえ主演であった。無名のシナリオ作家が、大監督(溝口健二がモデルか?)のところへ脚本を見てもらいに行く。「こんなものはシナリオではない。ストーリーだ」と酷評をえる。「書き直してきます。僕とあなたとの真剣勝負です」。一から勉強のやり直しである。シェイクスピア、モリエール、イプセンなどの古典を毎日読む。そんな苦しい京都での貧しい明け暮れの中、美しい新妻は明るくふるまって慰めてくれる。縁側で妻と将棋を指すシーンは最高である。だが、貧乏暮らしがたたってか愛妻は肺を病んで床についてしまう。彼女はひっそりと夫の成功を信じ、それを祈って昇天していく。夏の朝であった。のちに映画もみたが、テレビでみたシーンがなかった。主演の明石勤さんは無名の新進俳優だったが、それだけ売れないシナリオ作家という役にはまっていた。ケペルは明石勤が好きでその後の脇役で出演している番組でもよくみるようになったが、残念ながらほとんど出演作を見ることはなく忘れていた。今回クローズアップ現代で新藤兼人の元気な姿を見て明石勤のことが気になった。ネットで検索すると、有名な老俳優である明石潮(1808-1986)の子であるということを初めて知った。映画では、当時、タカラヅカから大映に入り「百万ドルのえくぼ」で売り出した乙羽信子の愛妻ぶりはさすがによかった。映画で菅井一郎の役は観世栄夫であったが先ごろお亡くなりになったという。映画版もテレビ版ももう一度みたい。

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