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2007年6月16日 (土)

高山義三と友愛会

   現在の日本労働組合運動の直接の源流である友愛会は、大正元年8月1日、鈴木文治(1885-1946)によって結成された。はじめ労働者の共済・修養機関的色彩が強く、キリスト教的社会改良主義の立場から労働者の生活向上をめざした。大正時代、労働運動の高揚とともに、大正8年、大日本労働総同盟友愛会と称して、本格的労働組合として出発しはじめた。

   京都府下では、大正4年1月、海軍工廠の所在地加佐郡余部町に、関西では神戸に続く第二の拠点として友愛会京都分会が結成された。大正6年5月には舞鶴支部となり、全国でも一位、二位を争う大支部に発展した。

    京都大学在学中に高山義三(1892-1974)は、初代京都支部長に選ばれた。大学生が労働組合長となることは今日からみると奇妙だが、当時の友愛会の各支部とも地方名士を支部長とする例が多く、京都一流の名望家の息子の高山が支部長にかつがれるのは不思議ではなかった。京都支部の最大の特色は京大・同志社大学の教授・学生らより全面的に支援されていたことにある。山本美越乃、河上肇、河田嗣郎、米田庄太郎、財部静治、渡辺俊雄、滝本誠一、栗原基らは交々例会に出向いて講演を行なっている。しかし大正7年夏の米騒動の頃には活動もあまりふるわなかった。大正7年に結成された友愛会西陣支部(中村隆之助支部長)からは、佐々木隆太郎、辻井民之助、国領伍一郎、国領巳三郎らのちのリーダーたちを輩出することになる。

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