坂田三吉、王将一代
坂田三吉(1870-1946)は、明治3年7月1日、坂田卯之吉、クニの長男として大阪府大島郡舳松村に生まれた。青年期の坂田三吉について詳しいことはわからない。
明治の終わり頃、遠く通天閣が見渡たせる貧乏長屋に麻草鞋づくりの職人・坂田三吉と妻・こゆうが住んでいた。三吉は無学文盲だが将棋だけは滅法強い。将棋の会と聞けば、仕事そっちのけで飛び出して行ってしまう。おかげで家はいつも火の車。
折りしも東京方の名人・関根金次郎八段が来阪。三吉はこれに挑戦、双方死力をつくして闘い、ついに二五銀の一手で関根を倒した。以来、三吉は大阪に坂田ありといわれる専門棋士になったが、無学文盲の悲しさ、ついに名人位は彼の頭上を素通りしてしまった。昭和13年に引退、昭和21年、死去。没後の昭和30年名人・王将位を追贈された。
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