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2007年5月27日 (日)

中江兆民、革命的民主主義の思想

   中江兆民(1847-1901)は明治7年にルソーの「民約論」を翻訳している。だが自由民権運動で有名なのは明治15年に出版した「民約訳解」(仏学出版局)である。ルソーの「社会契約論」を漢訳・翻訳するにあたって中江はもう一度、漢学を学んだという。中江とて、土佐藩で藩校の文武館に入り、細川潤次郎、萩原三圭らの門下で一応の漢学は修得しているはずである。彼は民衆を相手に思想を発表するためには、漢文が十分でないと駄目だと判断したのだろう。明治11年に高谷龍州の済美黌、つづいて岡松甕谷の紹成書院で漢学を学んでいる。外国の思想を日本に紹介する場合でも、これだけ配慮した人は、近代日本にあって稀である。さすが、億兆の民という号を選んだ兆民だけのことはある。そこに福沢諭吉の実用主義とは異なる古典主義があった。兆民は、西欧文明の摂取を説いたが、その全面的容認に走らず、欧米資本主義には批判的であった。明治政府の藩閥専制も批判し、民主主義と平和思想との連関を明確に提起したのである。

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

兆民と諭吉の比較の視点はとてもおもしろいですね。
続稿をお待ちしています。

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